研究者に必要な力は何か。専門分野の深い知識はもちろん、さまざまな事象を見抜く洞察力、自発的に物事を探求しようとする好奇心、1つのことをやり続ける忍耐力も必要となるだろう。
12月15日、早稲田大学にてある講演が行われた。タイトルは「昆虫を無線でコントロールすることはできるか?」。内容は、シンガポール 南洋理工大学の佐藤裕崇(さとうひろたか)助教授による『昆虫サイボーグ』の研究に関するものであった。佐藤氏が考える、研究者に必要な力とは何なのだろうか。本人に聞いてみた。
スーパースターでなければニッチを目指せ!
ーー早速ですが、現在注力している研究について教えてください。
まずは、講演で説明をした「昆虫サイボーグ」の研究です。現在は特に、昆虫に積んだマイコンの運転時間を延ばすために、昆虫の体内で生成される糖を用いて発電できる、バイオ燃料電池の研究を進めています。そのほかにも、金属めっきの研究も進めています。
ーー金属めっきというと一見、昆虫サイボーグの研究とは関連性が低いように思えますが。
確かに、めっきは昆虫サイボーグの研究とは離れていますね。めっきの技術は、講演でご説明した『バイオ燃料電池』の触媒を作るのに用います。前回の取材でも取り上げてもらいましたが、電極を10秒程度、2つの溶液(還元剤・金属イオン)に交互に浸けるという作業を数回繰り返すだけで、触媒を作製できるというものです。もともと、大学時代にめっきの研究をしていたので、卒業後に昆虫サイボーグの研究をしていた頃もたくさんのアイディアは温めていました。研究室を持てるようになった2011年から、化学の研究ができるように学生を指導して、昆虫の研究と同時並行で進めていました。
ーー同時並行で……。化学から生物学、電子工学と非常に多才な印象を受けます。そのように、世界で活躍する研究者になるためには、どうすればよいのでしょうか?
昆虫サイボーグを始めたのはアメリカに渡った際ですが、化学の知識・経験よりも生物や電子工学が必要となったので、一生懸命勉強しました。昆虫の解剖や外科的な実験の手ほどきは、いろいろな先生方に教えを請いました。電子工学は、経験がなく困りましたが、所属学科が電子工学科でしたので、一緒に実験をした学生の協力で救われました。
よく言われることですが、アメリカでは年齢の上下が、必ずしも立場の上下にはなりません。社会で何年か働いてから、もしくはリタイアしてから大学で学んでいる人も大勢いるので、誰がどのくらいの年齢なのかはわかりませんし、そのことに興味はないのでしょう。実際、今でも一緒に研究をした学生達が何歳であったのか知りません。年齢や先輩・後輩の序列なく、フェアに協力し合える雰囲気があります。先生や学生に協力してもらったおかげで、いろいろな分野について入門することができ、さらに勉強するにあたってハードルが下がりました。
また、よく学生にも伝えていますが、「スーパースターになるか、ニッチを開拓できるようになること」が大切だと考えています。
ーー「スーパースターかニッチ」。つまり、どういうことでしょうか。また、そのように考えるようになったのはなぜでしょうか。
世界中の人と簡単に素早く通信できる世の中になりました。ですので、「〇〇という技術を使って何かプロジェクトや事業を始めよう」と思った場合、その道の最高の技術を持つ人に連絡を取り、協力を要請することができます。するとスーパースターの研究者は引く手あまたとなり、その人の協力を求めるニーズは高まります。逆に、その道のスーパースターもしくはそれに準ずるレベルに達していないと、ニーズが減ってしまいます。しかし、全員がある分野のスーパースターになれる訳ではありません。であれば、自分が活躍できる分野、自分にしか作れない物や環境を自分で勝手に作ってしまう、という戦略はどうでしょうか。
私は電気化学を学んで、生物学、電子工学を取り入れた昆虫サイボーグの研究をして、機械工学科で研究室を開き、講義をしています。これらの一つひとつの分野では、スーパースターの研究者には敵わないかも知れません。そこで、学んだことのいくつかを巻き込んだ新しいニッチなものを開拓してみようと思いました。
例えば、先ほどお話ししたバイオ燃料電池はその1つです。バイオ燃料電池自体は分野としてすでにありますが、私の研究室ならば、小型化して生体(例えば昆虫)に埋め込み、無線システムに電力供給することを実際に行えます。また発電している際に、埋め込まれた生体の運動が変化するのか、変化するならどの程度なのかを機械工学的に調べることもできます。
さらに、バイオ燃料電池には触媒が必要ですが、その触媒を作るのに、自分の得意技術のめっきを使いました。また、機械学科であるので、ロボットやメカトロニクスに長けた学生がいることに目をつけて、燃料電池の触媒を作るプロセスを自動化するロボットを作製しました。
AかBかCのいずれかでスーパースターになるのもいいが、AとBとCをある程度身に付けて、それらを掛け合わせた分野や物を新しく作っていくという戦略も楽しいと思います。
ーーなるほど。そういう意味での、「スーパースターかニッチ」という考え方なのですね。話は変わりますが、昆虫サイボーグの研究は今後、どのように発展していくのでしょうか。
昆虫サイボーグを、レスキューの現場で使えるようにするのが第一の目標です。そのためにはシステムの運転時間を延ばす必要があり、現在はバイオ燃料電池の開発を行っています。昆虫の寿命と同等の期間で連続運転できるシステムにします。
加えて、要救助者を見つけてその場所をレスキュー隊員に知らせるシステムを開発します。二酸化炭素や熱を検知するセンサを集積して、「地点〇〇に何人の生存者がいる」と無線で伝えるシステムをつくります。レスキューの現場で実用するためには、昆虫の歩行・飛行の制御に加えて、生存者を検知するシステムが必要不可欠だからです。
ーー今後の進展が楽しみです。ありがとうございました。