台風は、平均すると1年間に25.6個発生し、そのうち11.4個が日本列島に接近して、2.7個が上陸する。強い風と雨が特徴で、毎年のように人的、経済的な被害を日本にもたらしている。現在は、昔と違って気象衛星があるので、日本に近づく何日も前から台風の接近が分かる。台風が近づいてくると、気象庁は、その後の台風の進路や強まり具合を3時間おきに発表している。

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    図1 雲が放射した赤外線をとらえた「ひまわり8号」の赤外線データを「同化」で使うと(中)、実際の台風(右)ときわめてよく似た台風がコンピューター上で再現される。(図はいずれも本田さんら研究グループ提供)

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    図2 2015年9月9日午後9時の1時間降水量。「ひまわり8号」の赤外線データを使うと、半日前に出した予報(中)でも、雨の範囲や強さが実際の観測値(右)とよく一致している。

一般の天気予報と同じく、台風の予報でも、主力になるのはコンピューターによる計算だ。ある時点での台風の状況をできるだけ正確に把握して数値で表し、その数値を出発点にして、その後の推移をコンピューターで予測計算していく。予測のポイントは、「台風は、いつ、どこで、どれくらいの強さになっているか」という点。つまり「進路」と「強度」の予測だ。

台風は、基本的には周りの風に流される。この進路については、予報精度がかなり改善されてきた。だが、強度の方は、今も泣き所だ。思うように精度が上がらない。ひとつには、台風の構造そのものが、コンピューターにとって手ごわいからだ。台風は、大きいものだと直径が数千キロメートルにもなるが、その実態は、直径数キロメートルほどの小さな積乱雲の集まりだ。この積乱雲の中で湿った空気が上昇し、雲粒を作るときに熱を出す。この熱が台風のエネルギー源だ。ということは、個々の積乱雲をきちんと計算できなければ、台風がどう発達するか、よく分からないことになる。だが、この積乱雲は細かすぎて、個々にきっちり計算するのは現在のスーパーコンピューターでも難しい。

このさき台風がどれくらい強くなっていくのかを、なんとか正確に予測できないものか。理化学研究所の本田匠(ほんだ たくみ)特別研究員らの研究グループが注目したのは、静止気象衛星「ひまわり8号」が観測している赤外線のデータだ。雲から放射されている赤外線のデータを利用したところ、台風の細かい構造がきちんとコンピューターの中で再現でき、その状態を出発点にして台風の今後を計算すると、台風の急激な強まりなどが格段に精度よく予測できるようになったのだ。

赤外線は、熱をもった物体から放射される。雲ができたり台風が発生したりする高度十数キロメートルまでの「対流圏」では、大気の温度は高度が増すほど低くなるので、雲も、できる高度によって温度が違う。したがって、雲が放射する赤外線を調べると、その温度、つまり高度が分かる。雲は上昇気流があるところにできるので、どの高度まで上昇気流が生じているかが分かることになる。上昇気流で雲ができると、台風のエネルギー源である熱がそこで生まれる。だから、上昇気流の有無は台風の発達を左右するとても重要な情報だ。

本田さんらは、2015年の台風13号を例に、実際に調べてみた。現在の台風をコンピューターの中で再現するには、「同化」と呼ばれる手法を使う。過去のある時点を出発点にして少しずつ計算を前に進め、ときどき、実際の観測から得られたデータで修正を加えて本当の姿に近づける。今回の研究では、「ひまわり8号」の赤外線データを10分おきに使って修正した。その結果、赤外線データを使わない場合に比べて、台風の現状がはるかに精度よく再現された。台風の中心付近で高い高度まで雲が発達している様子、そして、台風の中心から外側に帯状に延びる降雨域が、実物そっくりに再現されていたのだ。上空からの「見た目」だけではない。台風の中心付近では、対流圏の上部で局所的に気温が上がっていた。これは、急速に発達する台風のかぎを握る現象とも指摘されているという。

さらに興味深いのは、こうして詳細に再現された台風の状態を出発点にすると、従来と同じ方法でコンピューター計算しても、台風の強度の予測結果がきわめて正確になる点だ。7月30日に発生した台風13号は、8月3日の午後から急速に発達し、翌4日未明には、中心付近の気圧が900ヘクトパスカルにまで下がった。本田さんらの計算では、予測計算の出発点を3日午前3時にした場合でも午前9時にした場合でも、この急発達と900ヘクトパスカルまでの強まりが、ほぼ実際どおりに再現されていた。台風13号が最強クラスの台風に発達することが、ほぼ1日前に予測できていたことになる。「ひまわり8号」のデータを使わない計算だと、台風の気圧は920ヘクトパスカルまでしか下がらず、その強まりを十分に予測できなかった。

また、「同化」の際に使う「ひまわり8号」のデータを30分おきに間引くと、強度予測の精度が落ちることも分かった。10分おきにまめに修正することが重要なのだ。

今回の同化手法が台風以外でも有効なことは、本田さんを中心とする別のグループが、鬼怒川の氾濫で大災害となった「平成27年9月関東・東北豪雨」を例に確認している。激しい雨に見舞われる地域や河川流量を正確に予測できたほか、「ひまわり8号」の新しい赤外線データが出るたびに予報を計算しなおせば、最新の状況を反映した、より的確な避難情報につなげられる可能性があることも分かったという。

気象の予報に対する社会の信頼をさらに高めていくには、こうした研究の積み重ねこそが、コンピューターの性能の向上に加えて大切なのだろう。

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