スマートウォッチやスマートフォン用アプリなど、睡眠を計測する手段は身近になりつつある。しかし、計測機器を身につける前提であることは多く、医療機関での計測であればなおさら多くの機器(センサ)を装着する必要がある。
そんな中、人に計測機器を一切取り付けずとも、睡眠を計測できるセンシング技術を開発しているのが、立命館大学 理工学部の岡田志麻 准教授だ。岡田准教授は1月23日に開催されたプレス向けセミナーにおいて、「非接触睡眠計測技術」についてのプレゼンテーションを行った。
子どもはだれでもよく眠るもの?
睡眠に関する研究について、これまで高齢者のモニタリングが多く行われてきたと語る岡田准教授。その背景には、早朝覚醒に代表されるような睡眠の不満を高齢者自身が積極的に訴えるため、ニーズが可視化されていたという状況があった。
一方で、「寝る子は育つ」と言われるように、子どもは放っておいてもよく眠るものだというイメージは根強い。だが、睡眠の質が子どもに影響を与えているケースが見られるという。たとえば、ADHD(注意欠陥・多動性障害)を抱える子どもは睡眠障害を併発しやすいことが知られている。
また、成人の睡眠の質が悪いことが、国内の労働生産性を低下させているという言説も知られている。働き方改革やIoTの推進といった昨今のビジネスシーンの潮流から、会社規模でウェアラブルデバイスや睡眠アプリなどを活用する事例もある。
睡眠計測自体は誰にでも用いることができる技術ではあるものの、岡田准教授は睡眠研究の主流ではない人々へのアプローチも重要であると語った。
「寝相」から睡眠の深さを推定
岡田准教授が開発中の「非接触睡眠計測技術」では、医療機関で行う睡眠計測と同等のデータを、センサなどを装着することなく取得することを目的に開発された。
病院や研究機関で行われる睡眠計測手法「睡眠ポリグラフ検査」は、脳波や心電図、筋電図、オトガイ筋筋電図、眼球運動などを連続的に記録するため体にセンサを多く取りつける必要があり、拘束性が高い。自身も測定を受けたことがある岡田教授は、「あの状態でいつも通り就寝するのは難しく、回数を重ねて慣れることが必要になってしまう」と語る。
「非接触睡眠計測技術」では、赤外線機能を備えた市販のWebカメラを用いる。家庭での活用を視野に入れているため、手に取りやすい機材が選ばれた。人は眠りが深くなるにつれて体を動かさなくなることに着目した技術で、被験者を撮影して画像の差分処理を行い、画像の中で変化のあったピクセルをカウント。その数の多寡で体動をとらえ、睡眠深度を推定する。同技術で睡眠深度を推定する実験を行ったところ、約80~90%の正答率となったという。
目標は、「睡眠ポリグラフィのデータとの一致」。現状、子供の睡眠においてレム睡眠と浅い段階の睡眠が区別されていないという課題がある。子どもは睡眠が固定化されておらず、レム睡眠時にも体が動くことがあるためで、大人のレム睡眠は推定が行えたという。
ADHD早期診断や未熟児の発達推定に応用
この技術を応用し、現在岡田准教授は子ども/乳児向けのシステムを複数開発している。ひとつは、大阪大学附属病院 小児科と共同で、ADHD早期発見のための診断補助手法の開発を行っている。睡眠時の体動の頻度からADHDの特徴を定量的に抽出するものだ。早期発見が治療上望ましいADHDだが、保護者が専門外来の門を叩くハードルは高い。来院前に家庭内においてADHDの兆候の有無を確認するためのシステムとして開発されているが、アトピーやアレルギーによる睡眠阻害の計測にも活用できるのでは、と語った。
もうひとつが、未熟児の見守りへの睡眠計測技術の応用だ。保育器で育てられる未熟児の睡眠深度は、現在看護師の経験を基に判断されている。それを計測技術によって代替し、発達度合いを推定する技術を開発している。
なお、ADHDの診断補助手法は今年度に試作品が完成した段階で、来年度より育児中の家庭に貸し出ししテストを行い、その後の発売を見込む。赤外線カメラ単体ではなく、PCやスマホに情報を送信可能なモジュールを開発しており、予定価格は2~3万円前後を想定している。