米国ハーバード大学と京都大学は1月4日、マウスを用いた実験などから、脳の高次機能を司る領域「白質」の血管周囲に存在する細胞同士のコミュニケーションが正常に行われなくなると、認知機能の低下につながる危険性が高くなることを発表した。
同成果は、マサチューセッツ総合病院・ハーバード大学医学部の荒井健Assistant Professorの研究チームの眞木崇州研究員・宮元伸和研究員らが中心となって行った研究によるもの。1月4日(米国時間)に米国の幹細胞の学術誌「Stem Cells」(オンライン版)に掲載された。
脳の白質は人間の高次機能を司る重要な脳領域だが、血管性認知症や脳卒中など認知機能の低下と深く関わる脳疾患では、それら白質領域が選択的に障害を受けていることが確認されている。そのため、 脳白質がどのように障害を受けるか、そして脳白質の障害がどのように認知機能の低下につながるかを解明することは、今後の脳疾患の治療戦略を考える上で重要な課題となっている。
今回の研究は、血管周囲に存在する周皮細胞(ペリサイト)が、脳白質のオリゴデンドロサイトにどのような影響を及ぼしているかを検討したもの。グリア細胞の一種であるオリゴデンドロサイトは脳白質の機能維持に重要な役割を果たしており、脳がその構造を構築する胎生期および幼若期にオリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC:Oligodendrocyte Precursor Cell)から分化することで生じる。オリゴデンドロサイトは分裂して増殖することができないため、大人の成熟した脳においてオリゴデンドロサイトがダメージを受けて消失すると、周囲にあるオリゴデンドロサイト前駆細胞が再び分化して失われたオリゴデンドロサイトを補填する。
今回、研究チームがA Kinase Anchor Protein 12(AKAP12)という細胞内での情報伝達に重要な役割を担う分子を欠損させた成体マウスを精査したところ、AKAP12の欠損マウスでは、脳白質のオリゴデンドロサイトの細胞数が減少しており、オリゴデンドロサイト前駆細胞からオリゴデンドロサイトへの分化が抑制されていることがわかった。また、これらAKAP12の欠損マウスでは、正常なマウスと比べて認知機能も顕著に低下していることが確認された。
興味深いことに、正常のマウスでは、オリゴデンドロサイト前駆細胞はAKAP12を発現しておらず、代わりに脳血管の周辺に位置する周皮細胞には強いAKAP12の発現が確認された。周皮細胞は脳血管に働きかけて脳血流の制御をしている細胞であるが 、脳血管の周囲にある周皮細胞はオリゴデンドロサイト前駆細胞とも距離的に非常に近く存在する(図1)。そして、培養細胞を用いた実験から、AKAP12を欠損させた周皮細胞はオリゴデンドロサイト前駆細胞の分化を引き起こす種々の栄養因子の発現が低下しており、そのようなAKAP12が発現しない周皮細胞はオリゴデンドロサイト前駆細胞からオリゴデンドロサイトへの分化を促すことが出来ないことが明らかとなった。
脳血管の周囲にはさまざまなタイプの細胞が存在しており、それぞれが異なる独自の役割を果たすことで正常な脳機能を維持している。今回の研究成果は、脳血流の制御を行っている周皮細胞が、脳白質におけるオリゴデンドロサイトの機能維持にも寄与していることを初めて明らかにしたものである(図2)。脳血管周囲の周皮細胞とオリゴデンドロサイト前駆細胞の相互作用は周皮細胞のAKAP12という分子が仲介しており、両細胞間のコミュニケーションに問題が生じると、結果として脳白質の障害および認知機能の低下を引き起こす。そのため同研究チームは、本研究は血管認知症などに対する新規の治療ターゲットを提示しただけでなく、未だ不明な点の多い認知機能低下のメカニズムを解明する糸口になるのではないかとしている。