産業技術総合研究所(産総研)は、農業・食品産業技術総合研究機構、沖縄県農業研究センターと協力して、わずか数回殺虫剤を使用しただけで土壌中の殺虫剤分解菌が増殖し、これを害虫であるホソヘリカメムシが体内に取り込むことで、従来考えられていたよりも急速に害虫の殺虫剤抵抗性が発達することを明らかにしたことを発表した。
同成果は、産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門 環境生物機能開発研究グループ 伊藤 英臣研究員、菊池義智主任研究員、環境管理研究部門 環境微生物研究グループ 佐藤由也 研究員、堀知行 主任研究員ら、および農業・食品産業技術総合研究機構、沖縄県農業研究センターの協力によるもので、近く英国の学術誌 The ISME Journal (Nature Publication Group)にオンライン掲載される。
20世紀中頃以降、殺虫剤の継続的使用で出現する"殺虫剤抵抗性"が、農業害虫や重篤な感染症を媒介する衛生害虫について次々と報告され、大きな問題となっている。ひとたび殺虫剤抵抗性が発達してしまうと、それまでの殺虫剤はほとんど使えなくなってしまう。殺虫剤抵抗性害虫の発生を未然に防ぐことは世界的な課題であり、殺虫剤抵抗性の発達メカニズムの解明が求められている。
共生細菌を持つほとんどの昆虫では、共生細菌は母から子へと直接伝えられるが、ダイズを食害する 農業害虫のホソヘリカメムシは、幼虫時に土壌からバークホルデリアという共生細菌を獲得する。産総研ではこの共生系に着目し、共生の仕組みや害虫の殺虫剤抵抗性との関係などの研究に取り組んできた。
以前より、殺虫剤の連続散布により土壌中の殺虫剤分解菌が集積することが知られていたが、どの程度の使用頻度で土壌中の殺虫剤分解菌が増えるのか、どの程度の使用頻度で殺虫剤分解菌に感染したホソヘリカメムシが現れ始めるのかは、これまで研究されていなかった。
そこで今回、産総研生物プロセス研究部門環境生物機能開発研究グループの伊藤英臣氏、菊池義智 氏、環境管理研究部門環境微生物研究グループ佐藤由也氏、堀 知行氏らの研究グループは、その解明に取り組んだ。
ホソヘリカメムシは消化管の後端部に共生細菌バークホルデリアを高密度で保持する組織(共生器官)を持つ。土壌に生息するバークホルデリアの中には、汎用の有機リン系殺虫剤のひとつであるフェニトロチオン(MEP)を分解して、炭素源として利用するものがいることが知られており、MEPの連続散布により土壌中のバークホルデリアが増殖することが古くから報告されている。
これまでに産総研は、MEP を分解できるバークホルデリアに感染したホソヘリカメムシが殺虫剤抵抗性を獲得することを発見していた。そして今回、土壌への殺虫剤散布試験と害虫カメムシの飼育実験を組み合わせた複合解析によって、殺虫剤をどれくらい使用すると土壌中に殺虫剤分解菌が増殖し、どれくらいの殺虫剤散布頻度で害虫カメムシが土壌中の分解菌を体内に取り込み、殺虫剤抵抗性になるのかを実験的に明らかにした。
また、数十年間に渡って継続的にMEPが利用されてきた南西諸島のサトウキ ビ畑において、土壌とカンシャコバネナガカメムシ(サトウキビの重要害虫)の調査を行ったとこ ろ、全体的な傾向として土壌中の殺虫剤分解菌の密度が高い畑ほど、 殺虫剤分解菌に感染した害虫が多いことが示された。
これらの結果は、殺虫剤の過剰散布が「共生細菌による害虫の殺虫剤抵抗性化」を大きく促進 する危険性を示しており、これまで考えられていたよりもはるかに速く、集団レベルで殺虫剤抵抗性が顕在化してしまう危険性があることがわかった。
今後は、殺虫剤分解菌によるホソヘリカメムシ体内の解毒機構の分子メカニズム解明など、よりミクロな見地からの解析も加え、「共生細菌による害虫の殺虫剤抵抗性化」の総合的な理解を目指す。また、バークホルデリアと共生する他種の害虫カメムシも、土壌由来の共生細菌によって急速に殺虫剤抵抗 性を獲得するのかを検証する。今回の成果は、殺虫剤抵抗性害虫の発生を未然に防ぐ新たな害虫防除技術の開発につながる可能性があり、そのような観点からの研究も展開していく予定だとしている。