産業界でも活用の進むVR(Virtual reality)。自動車業界でもデザインレビューや作業検討に使われる例が公表されるなど、徐々に実用フェーズに入ってきているという印象だ。

トヨタ自動車の榊原氏は、自身が先端技術での姿勢検討を推進する一方で、そのリスクへの関心があまりにも低いと警笛を鳴らす。同氏が自社内で導入を進めるなかで感じた問題点、懸念はどのようなところにあるのだろうか。今回は、工場でのMR導入の最新情報を含め、その思いを語っていただいた。

MRをトヨタ社内に展開した方法

――2016年の「VR元年」を前に、HMDを利用した業務を推進していたとお伺いしています。トヨタのような大企業で、先進的な取り組みを「追い風」が来る前に進めるのは容易ではなかったと思うのですが、どのように推進していかれたのでしょうか?

私たちはキヤノンの「MREAL」という、「MR(ミックスドリアリティ)」を体感できるHMDを使って、トヨタの工場における作業姿勢の検討を行いました。以前取材していただいた内容です。

トヨタ自動車 エンジニアリングIT部 第3エンジニアリングシステム部 主幹の榊原恒明氏

トヨタ自動車 エンジニアリングIT部 第3エンジニアリングシステム部 主幹の榊原恒明氏

MR推進チームは、当初、担当役員や部長にMRの良さを訴えたのですが、「本当に役立つのか? 」と疑われていました。そこで上に訴える前に現場の組立作業者に使ってもらい、現場の担当役員・工場長・部長にMRを使ううれしさや効果を伝えてもらうようにお願いし、現場サイドの上層部から本社の役員に感謝を伝えてもらうことで、「もしかしたら本当に効果があるのかも…? 」と興味・関心を持ってもらうきっかけになりました。やはり「現場の声」にはかないません。

時系列としては、2013年からMRの導入のための下地づくりをはじめ、2014~15年は社内に良さを伝える活動として幾度も社内展示会を行いました。トヨタが保有する11の工場に展開するため、安全健康関連の社内展示会にも参加しました。IT中心の展示会では工場関係者は関心を示しませんし、工場でのMR利用は、工場の現場の人自身が「良い」と言わないと広がらないですから。2017年段階で、社内の体験者は1万人を超える見込みです。

――社内展示会でMRの認知を高めているということですが、業務に使えそうかどうかと尋ねた場合、反応はどうでしたか?

  • トヨタの工場姿勢検討に用いられたHMD「MREAL」(画像は2016年5月発売のMREAL Display MD-10)

    トヨタの工場姿勢検討に用いられたHMD「MREAL」(画像は2016年5月発売のMREAL Display MD-10)。公開されている価格は900万円だが、本体のみで販売するのではなく、企業の利用形態に応じてシステムを構成するためあくまで価格は目安だ

やはり「NO」が多いです。こういう操作ができないから使えない、酔ってしまうなどの意見が多かったです。ただ被って体験するだけであれば当然の結果です。そんな中、アンケートに「YES」と答えてくれた人に対しては、さらにフォローをし、意見を求めて、どのような活用の道があるか情報を集めてきました。

また、工場の作業性の検討も、敷設前のライン検討だけでなく、すでに稼働しているラインでも、まだまだ進める余地があるものですから、姿勢検討が必要な工程、そして身体を痛めてしまっている作業者が多そうな部署は特にフォローをかけました。

その結果、現在は生産準備部署や複数の工場などにMRが広がりつつありますが、今後はMR利用拡大、効果の積み増しに向けタブレットを導入することを考えています。

これまではHMD(MREAL)の映像を外部ディスプレイにも映す方式をやっていたのですが、非装着者が外部ディスプレイばかり見てしまい、終いには、外部ディスプレイで指差して指示してしまう場面もあり、装着者と非装着者のコミュニケーションに支障があったからです。

また、タブレットの導入理由は、まだまだHMDの装着に抵抗のある作業者は多いためです。現実に融合させた同じバーチャルの像を見られるようにし、まずタブレットから慣れてもらい、次第に手がふさがるなどの不便を感じた段階で、HMDを被ってみないかと再プッシュしていきたいです。

MRに『NO」と言った人達も振り向いてくれ、かつITに不慣れな人へもデジタルの世界の門戸を開くシステムにできればと思い、色々な意見を聞き、機能も拡充させています。