バーチャルなショールームなどのVR活用が進む自動車業界。販売だけでなく、開発や修理業務にもVRが役立つとして注目を集めている。実際にどのような活用例があるのだろうか。12月13日、ヒルトン東京お台場にて開催されたGTC Japan 2017にトヨタ自動車の栢野浩一氏が登壇。同社における3DデータとVR/MRの活用事例を語った。
栢野氏が所属するエンジニアリング情報管理部は、ヘッドオフィスの情報システム部門に属する組織である。データを基準とした業務遂行を推進し、技術情報を正しく利用部署に提供することを業務としている。
データとは、たとえば自動車の3Dデータだ。企画でのレイアウト検討、デザインレビュー、設計、作業手順書などの作成、カタログやCMの制作など、企画から販売に至るまであらゆる場面で活用されている。
データ活用でビジネスを効率化してきたトヨタが次に取り組むのは、ARやVR、MRといった技術を活用したさらなる“カイゼン”だ。そのためのツールが、NVIDA社が開発したVRシステム「NVIDIA Holodeck」である。
Holodeckは高解像度なVRシステムで、遠く離れた他者とVR空間を共有できるのがポイントだ。アバターのジェスチャーによるコミュニケーションやボイスチャットも可能なので、たとえば遠隔地にいる者同士が自動車の3Dデータを見ながらVR空間上で議論することなどが可能になる。
VR空間なので自動車を360度あらゆる角度から眺められるほか、パーツを外したり、輪切りにして中身を見たりといった現実には不可能な動作がおこなえる。もちろん、自動車の3Dデータが作り込まれていることが前提だ。
Holodeckの高解像度なVR空間と自動車の3Dデータがもたらす可能性は、企画や開発段階だけの話ではない。たとえば修理・メンテナンスのトレーニング教材としても活用できると栢野氏は言う。
「若いエンジニアがゲーム感覚で楽しく学ぶことができるようになります。修理のときにどのボルトから外すのかなどの手順や自動車の構造を学ぶだけでなく、車両誘導をVR空間で疑似体験する安全教材としても役立ちます」
VRのメリットはさまざまあるが、栢野氏が実感しているのは「時間や費用などリソースの節約」だ。たとえばトレーニング教材として使うエンジンなどのカットモデルにしても、ひとつ作るのは大変だし、製品が新しくなると更新するのも大変だ。
一方、HolodeckならVR空間で好きなところを好きなようにカットしてチェックできるのだから、そもそもカットモデルそのものを作る必要がないというわけだ。
また、VRでは実際に立体物として構造を把握できるため、エンジニアにとってもわかりやすく理解度や習得度の向上が期待できるという。VR空間で何をどの手順でおこなったのか、記録も残せるため将来の分析やカイゼンにもつながるのである。
現実空間にデジタル情報を重ねて表示するMRも栢野が注目している技術のひとつ。たとえば実際の自動車に配線などの内部構造を重ねることで、修理の際のわかりやすさがグッと向上しミスの低減につながるという。
トヨタで試用中の「NVIDIA Holodeck」を体験してきた
GTC Japan 2017で、実際に「NVIDIA Holodeck」を体験する機会を得た。
ヘッドセットとコントローラを握ってVR空間へ入る。ここでは自分自身はアバターとして表示され、コントローラーを握っている手を見ると、ロボットの手として表示されている。VR空間の解像度は非常に高い。体験した環境ではまったくカクつきや荒れがなく、違和感はゼロだった。
目の前にはLEXUS LC500が設置されており、自らの足で歩き回っていろいろな角度から眺めることもできる。もちろん、現実の空間の広さには限界があるので、コントローラーを活用して好きな場所に移動できる機能もある。実際の運用ではこちらをメインで使うことになるだろう。
車両データは目に見える部分だけでなく、内部まで本物とまったく同じに作り込まれている。エンジンや配線など、普段ユーザーとして目にしない部分もだ。コントローラーで好きな箇所を輪切りにできるのだが、どこを切ってもちゃんと中身が出てくるのに驚いた(当然なのだが)。また、パーツも自由に取り外すことができ、さらに手でつかんで引き伸ばしたり縮めたりできる。ドアだろうがミラーだろうが一瞬で外れて、眺めて、元に戻せるのだ。さらに瞬時に車体をバラバラにするような機能もある。たしかにこれなら修理などのトレーニングにぴったりだろう。
「NVIDIA Holodeck」の特徴はVR空間を共有できること。目の前には別のアバターがおり、これが隣のブースにいる実際の人間であるとのことだ。今回は試していないが、ボイスチャットもできるので、遠隔地にいるエンジニア同士がひとつのVR空間を共有して話し合うことも容易だろう。
遠隔コミュニケーションを促進するのが感情を表現する機能だ。直接業務には関係ないかもしれないが、ジェスチャーでアバターの表情が変わったり、サムアップしたり、自撮り(!)をする機能まで用意されている。
ペン機能で空間に絵や文字を描くこともできる。書いた文字は立体化し、パーツ同様、つかんで引き伸ばしたり縮めたりも可能だ。
「NVIDIA Holodeck」によるVR空間体験は、「VRもここまできたか」と驚かされるのに十分な体験だった。本格的な展開は来年の春を予定しているとのことだが、これまでの業務プロセスを一新する可能性を秘めているシステムだろう。