雷といえば夏。そう思うのはおそらく太平洋側で育った人で、日本海側の北陸などでは、雷は冬の風物詩だ。低くたれこめた冬の積乱雲で発生するこの雷は、「冬季雷」「雪起こし」「ブリ起こし」などと呼ばれている。雷鳴も、夏の雷のようにゴロゴロと続くのではなく、ほとんどがドカンと一発の「一発雷」だ。
京都大学白眉センターの榎戸輝揚(えのと てるあき)特定准教授らの研究グループは、冬季雷が発生する際に雷雲の中で起きている奇妙な現象を見つけた。宇宙が誕生した瞬間にはたくさんあったのに、現在の地球ではすっかり珍しくなった「陽電子」が、雷雲で作られていたのだ。
中学校の理科では、あらゆる物質は原子という小さな粒でできていて、原子は、プラスの電気を帯びた「原子核」とマイナスの電気を帯びた「電子」でできていると習う。電子は、マイナスの電気を帯びているのが標準形なのだ。ところが、宇宙が誕生した瞬間には、プラスの電気を帯びた電子もたくさんあった。これを「陽電子」という。電子と陽電子は、光のエネルギーからペアで生まれる。電子と陽電子が出合うと、消滅して光のエネルギーになる。138億年前に宇宙が猛烈なエネルギーの塊として誕生したときには、電子も陽電子もたくさんあったが、やがて陽電子は消滅し、今はマイナスの電子が優勢になっている。すくなくとも現在の地球では、陽電子は珍品だ。
榎戸さんらは、雷雲から降り注ぐ放射線を測定する観測を、2006年から新潟県柏崎市などで続けている。その検出器が、今年2月6日に同市で発生した雷で、「0.511メガ電子ボルト」のガンマ線を落雷の直後に記録していた。ガンマ線は放射線の一種。「メガ電子ボルト」はエネルギーの単位で、「0.511メガ電子ボルト」のガンマ線は、電子と陽電子が出合って消滅する反応に特有のものだ。つまり、陽電子が存在していた証拠になる。
分析の結果、この陽電子は宇宙からたまたま飛来したものではなく、雷にともなって生まれたことが分かった。雷雲の中には、ブラスの電気を多く帯びている部分と、マイナスの部分とがある。その間を光速に近い猛スピードで電子が走り、ガンマ線が発生する。このガンマ線が大気中の窒素原子に当たって原子核の構造を変化させ、引き続いて起きる反応で陽電子を生み出す。この陽電子が電子と出合って消滅し、「0.511メガ電子ボルト」のガンマ線が出た。
電気の流れとは、すなわち電子の流れのことだ。このように電気が流れる現象や、あるいは塩酸と水酸化ナトリウムから食塩ができるような「化学反応」では、原子核は変化しない。原子核が変化する反応といえば、原子力発電でウランの原子核が割れる「核分裂」が、その好例だ。原子核が変化するこのような「核反応」は、電気の流れや化学反応とはまったく別種の反応だ。それが雷の際に起き、陽電子が生み出されていた。
雷雲の中にプラスの電気を帯びた部分とマイナスの部分が偏在し、たまった電気の量がある限度を超えると、耐えきれなくなって雲の内部で、または雲と地面の間で電気が流れる。それが昔からいわれている雷の仕組みなのだが、じつは雷の引き金となる直接の「きっかけ」は、よく分かっていない。もしかすると、今回の研究のような「核反応」にともなう粒子が関係しているのかもしれないという。まさに雷研究の新分野開拓だ。
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