航空機メーカーのエアバスと日本航空(JAL)グループは11月14日、マイクロソフトのヘッドマウントディスプレイ(HMD)「HoloLens」を使用した複合現実(MR)訓練システムの開発状況を公開した。
新型機「A350XWB」の整備士をMRで訓練
「HoloLens」はゴーグル型の画像表示装置で、使用者の目の前に物体があるかのように画像を見せてくれる。エアバスとJALはこのデバイスを使い、航空機整備士の訓練システムを開発している。
JALは現在、エアバスの新型機「A350XWB」を確定31機、オプション25機発注しており、2019年から現在のボーイング「777」型機と交替する。このA350XWBの整備士養成のために開発が進められているのが、複合現実(MR)訓練システム。日本航空グループで機体整備を担当しているJALエンジニアリングが、エアバスと協力して開発している。
取説を見ても、5%しか覚えられない
まずエアバスからMR訓練システムの意義が説明された。エアバスによると、整備士訓練生は座学で文書を読んでも、内容を5%しか覚えていないという。さらに実例を見たり、実際のトレーニングなどをすることでようやく全体を理解することができる。これは筆者も感覚的に理解できる話だ。自動車やPCの取説を読んでも、何が重要なのかよくわからない。実物を見ながら読んだり、実際に操作したりして初めて実感が湧く。
しかし、実際の飛行機は高価で、訓練に充てる時間は長くとれない。操縦士の養成にはフライトシミュレーターが使われるが、整備士の訓練をするにはコックピットだけでなく機体全体のシミュレーターが必要になってしまう。そこで考えられたのがMRを使った訓練システムというわけだ。
飛行機の信頼性が高まると、整備の経験が育ちにくい
一方、飛行機のユーザーであるJALにも悩みがあった。飛行機の信頼性はどんどん改良され高まっている。そうなると、機体に問題が起きて修理する回数自体が減ってしまう。それは安全で経済的な運航にはとても良いことだが、整備士が実際に修理する機会が減り、技術を維持することが難しくなってもいるのだ。一方で複合材料の使用拡大や電子機器の進歩など、新しく習得しなければならない技術は増加の一途でもある。
そこでJALエンジニアリングではすでに単独で、HoloLensを使用した整備訓練システムの開発に取り組んでいた。最初に題材にしたのはJALが多数保有している、ボーイング737。コックピット内などの写真を撮ってMRのデータを作成した。しかし整備会社での開発には限界がある。そんなときマイクロソフトの発表会で、HoloLensを導入している企業としてエアバスと日本航空(JAL)がスクリーンに並んだ。「あれっ、御社もやっているのですか?」と話が始まったとのことだ。
体験、A350XWBのコックピット
筆者もMRを体験した。HoloLensを装着すると、顔の前にちょうどタブレット端末が浮かんでいるような大きさで画面が見える。その外側は普通に見えているので、転倒するような不安はない。
デモンストレーションするエアバス社のトレーナー、フレデリック・シェファ氏 |
スクリーンにはシェファ氏が見ているのと同じ映像が映っている。記者発表場に重なるように、Windows10に似た起動画面が表示されたあと、目の前にA350XWBの3Dモデルが浮かぶ |
コックピットの操作プログラムでは、機長席に座っているのとまったく変わらない(はずの)景色が見える。これらはすべてエアバスの図面を基にした3Dモデルなので、頭の位置を動かせば1つひとつのスイッチの見え方が変わる。また表示装置の画面は、顔を近づけるとにじまずに拡大され、実際の表示内容がテクスチャとして組み込まれていることがわかる。
操作方法の研修プログラムでは、次に操作したり確認したりする場所が矢印で示される。その方向へ視線を移動すると、操作するべきスイッチや、確認するべき表示などがアイコンで示される。説明文章が表示されたり、他の整備員と会話して確認するなどの手順も順次表示されてわかりやすい。
紙でも実機でもできない訓練を実現
さて体験してみた感想だが、確かにリアルな画面が見られるものの、訓練と考えると操作に時間が掛かってもどかしい。もちろんそれはHoloLensなどデバイスの進歩で解消されていく問題ではあるだろうが、現時点でこのシステムは実用する価値があるのだろうか。JALエンジニアリングの担当者に聞いてみた。
「実機を使った訓練はなかなかできないので、整備士は計器盤を紙に印刷して壁に貼ったりして学習しています。それに比べればはるかにリアルで訓練効率が良いのです。またMRなら実機では不可能な、機体を壊してしまうような失敗も経験できます」
現在の技術でできることから実現し、技術の進歩に合わせて応用を広げていく。実用化の第一歩はそう遠くないのではないかと感じることができた。