半導体大手Broadcomは11月6日(米国時間)、同じく半導体大手Qualcommに対し買収提案を行ったことを明らかにした。
買収案自体は1050億ドルだが、債務を含めた買収総額は1300億ドル(約15兆円)となる。この買収額は、半導体産業史上最高額になるが、この金額には、まだ各国の独占禁止法の審査が終わっていないため手続きを完了していないQualcommのNXP Semiconductors買収分も考慮されたものとなっているようだ。
Broadcomのこの発表は、事前にQualcommに通告をしない非友好的買収案提示だったという。そのためQualcommは、同日、Broadcommから買収提案があったことを公式に認め、「財務や法律のアドバイザーと相談しながら取締役会がBroadcommの提案を査定することにした。株主にとって最善の利益になるような決定をするつもりである」とのきわめて事務的な声明を出している。
Qualcommは、BroadcommがQualcommの企業価値を正当に評価していないとして、買収提案を拒否する方向であると欧米の複数のメディアは伝えている。提案が拒否された場合、BroadcomはQualcommの発行済み株式を買い占めることにより敵対的買収を仕掛けると見られている。Broadcomm、QualcommおよびNXP Semiconductors3社の直近の2017年第3四半期の売上高合計は120億ドル近くに達し、その規模が維持されれば2018年の世界半導体売上高ランキングでSamsung Electronics、Intelに次いで3位の地位を得ることとなる。ただし、この買収に関しては、各国の独占禁止法審査が極めて厳しいことが予想され、決して簡単には許可されないという見方が、米国半導体業界関係者の間で有力である。
図1 2017年第1四半期~第3四半期におけるBroadcom(濃灰色)、Qualcomm(薄灰色)、NXP Semiconductors(茶色)の売上高の推移(単位:百万ドル)。Qualcommの売上高は、CDMA技術に基づく半導体の売上高のみで、半導体販売を伴わないライセンス収入は含まない (出所:各社財務データよりTrendForceが作成) |
車載エレクトロニクス分野で高まるBroadcomの存在感
台湾の市場調査企業TrendForceは、この買収が成立した場合の半導体産業への影響を分析し、「BroadcomのQualcomm買収は、自動車エレクトロニクス市場におけるBroadcomの存在感を高めるだろう。さらに、この買収は、世界のファウンドリ市場に影響を及ぼし、将来的には中国および台湾のファブレス(ICデザインハウス)の競争力を脅かすことになる」との予測として発表している。Broadcommは、有線通信インフラに強く、ワイヤレス通信・モバイル通信に強いQualcommとは見事ともいえる相補関係にあり、またNXPともシナジー効果を発揮できるという。
TrendForceの半導体部門担当アソシエイトアナリストであるCY Yao氏は「BroadcomのQualcomm買収の背景にあるのは、自動車アプリケーション向けの豊富な製品ポートフォリオであろう。Qualcommは現在、ワイヤレス通信分野の世界的リーダーであり、NXPの買収も進めている。QualcommにNXPの製品が組み込まれると、同社は最も包括的な製品を提供する車載チップサプライヤになるのは間違いない。一方、Broadcomは、車載イーサネットチップの主要サプライヤとして自動車エレクトロニクス市場が今後も着実に成長すると、Qualcomm同様の見方をしている。したがって、BroadcomはNXPのビジネスを損なうことなくQualcommを引き継いで、この車載エレクトロニクス分野で利益を上げることになるだろう」と説明している。
図2 2016年第1四半期~2017年第2四半期のBroadcomの製品別売上高(単位:百万ドル)。灰色:有線通信インフラ、薄い灰色:無線通信、茶色:エンタープライズ・ストレージ、薄い茶色:産業用ほか (出所:Qualcomuの業績データをもとにTrendForceが作成) |
なおTrendForceでは、BroadcommのQualcomm買収が半導体業界にどのような影響を与えるのかについて、以下の4項目にまとめ説明している。
1:ファウンドリなどとの交渉で強い立場に
買収で誕生する巨大企業は、ファウンドリやICテストおよびパッケージングサービスのプロバイダとの価格交渉において、はるかに強い立場に立って交渉を進めるようになるだろう。台湾のTSMCやASEとの関係も見直されることになろう。
2:台湾のファブレスは苦境に
台湾のファブレス、IC設計ビジネスがより厳しい競争に直面することとなる。MediaTekに代表されるような台湾のIC設計ビジネスは、コンシューマエレクトロニクスに関連する分野で常に優れた成果を収めてきたが、これらの最終製品市場の多くはすでに成熟している。同時に、スマートフォン市場の成長の勢いも徐々に低下している。産業用IC、自動車エレクトロニクス、有線インフラなど、他のアプリケーションは、台湾のデザインハウスが活躍していない分野である。世界中のIC企業が異なる垂直市場を迅速に獲得する方法としてM&Aを進める現在、台湾のデザインハウスは後退し、より弱い立場へと追いやられている。例えば、買収を続ける台湾外の半導体企業は、特定のアプリケーション市場において、新たな市場参入者に対してより高い障壁を設けようとしている。そうした状況は台湾のファブレス企業にとっては不利な状況になるだろう。
3:中国のデザインハウスは政府へ支援を要請か?
中国のICデザインハウスにとって、BroadcomとQualcommの合併は、中国政府の支援なくしては克服できない大きな課題になるだろう。
近年、中国のIC業界は国外の競争相手に追いつこうとしており、世界の半導体市場のさまざまな分野への影響力を持ちつつある。例えばNavInfoやRockchipといった企業は、先進的な運転支援システムで使用されるチップを開発して自動車エレクトロニクス市場に参入した。しかし、BroadcomとQualcommとの一体化は、自動車市場に進出したこうした新興中国メーカーにとって深刻な脅威となるだろう。その結果、中国政府は自国の自動車用チップ供給企業を守るための行動をとるかどうか判断を迫られることになるだろう。
4:NXPのファブ群が売却される可能性
BroadcomによるQualcomm/NXPの買収が実現されると、半導体製造分野の競争環境が変化する可能性もでてくる。NXPは、ファブライトを指向しているとはいえ、未だにオランダ、米国、シンガポールなどにファブを有しており、中国および東南アジアにはICテスティング・パッケージング工場を複数所有している。QualcommのNXP買収後もこれらの施設は維持されるはずであったが、Broadcomの過去のビジネス慣習を鑑みるに、企業を買収した後は、全体的な業務効率を高めるために 冗長・不要とみなされる部門を処分してきた経緯がある。そのため、BroadcomがこれらのNXPの前工程および後工程のファブの使用を継続するか、または他社へ売却するかするかは買収後に決定することになると思われる。もしも売却が決定されれば、半導体ファブの地図が塗り替えられることになるとみられる。