岡山大学は、同大大学院医歯薬学総合研究科免疫学分野の鵜殿平一郎教授、榮川伸吾助教と、口腔顎顔面外科学分野の佐々木朗教授、大学院生の國定勇希氏による共同研究グループが、2型糖尿病治療の第一選択薬である「メトホルミン」が、がん局所に存在する制御性T細胞の増殖と機能を抑制することを明らかにしたことを発表した。この研究成果は10月15日、科学雑誌「EBioMedicine」のResearch Article(オンライン版)に掲載された。
免疫の力により、我々はウイルス感染症やがんの発症から守られている一方で、その免疫が体を攻撃することがある(自己免疫疾患)。生体の制御性T細胞と呼ばれる細胞集団は体への過剰な免疫反応を抑えることできるが、がんに対する免疫反応も抑制してしまう。つまり、がんの予防や治療には制御性T細胞の数を減らす必要があるが、それを抑制すると逆に自己免疫疾患を発症する心配がでてくる。
よって、自己免疫疾患を心配することなく、がんだけに対する効果的な免疫反応を得るには、がんの中に存在する制御性T細胞だけを抑制し、がん以外の部分に存在する制御性 T 細胞の数と機能には影響を及ぼさないことが理想的である。
今回、研究グループは、既存薬であるメトホルミンにその理想的な効能が隠されていることを初めて明らかにした。
研究グループは、担がんマウスにメトホルミンを自由飲水にて投与したところ、腫瘍塊の中で増殖するはずの制御性T細胞がアポトーシスという細胞死に陥り、その数が激減することを見出した。検討の結果、制御性T細胞の本来のエネルギー代謝である脂肪酸に依存した酸化的リン酸化反応が減少し、代わりに糖に依存した解糖系が亢進することで、細胞死に至る経路を活性化していることがわかった。
昨今の新しいがんに対する治療法である免疫治療法は、進行期のがん治療のあり方に革新をもたらしているが、その奏功率は高くないうえ、自己免疫疾患などの副作用の問題が残っている。メトホルミンは、免疫細胞の代謝バランスを変化させることにより、これまで不可能であったがん局所だけの制御性T細胞の抑制をもたらす効果があるという今回の発見は、今後のがん免疫治療に革新をもたらし、より有効で安全な治療法の開発につながることが期待される。
この研究成果により、制御性T細胞だけではなく、脂肪酸を取り込んで生存しているその他の免疫抑制的な細胞集団の制御にも応用できる重要な知見であり、その分子機構のさらなる解明が期待される。