Amazon.comの創業者として知られる、実業家のジェフ・ベゾス氏が率いる宇宙企業「ブルー・オリジン」(Blue Origin)は2017年10月20日、開発中の新型ロケットエンジン「BE-4」の初の燃焼試験に成功したと明らかにした。
BE-4は液化天然ガスを燃料に使うエンジンで、メタン系燃料のエンジンとしては世界最大、最高性能を誇る。
このエンジンは同社の新型ロケット「ニュー・グレン」に使われるほか、ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)の次世代ロケット「ヴァルカン」にも採用される見込みで、今回の成功は開発において、そして将来に向けての大きな一歩となった。しかし、これからの開発や試験、そしてヴァルカンへの採用などをめぐっては、まだ予断を許さない状況が続く。
世界最大、最高性能のメタン系エンジン「BE-4」
BE-4はブルー・オリジンが開発中のロケットエンジンで、メタンを主成分とする液化天然ガス(LNG)を燃料に、液体酸素を酸化剤に使う。メタンやLNGは理論上、液体水素よりも推力が大きく、ケロシンよりも比推力が高いという特長をもつものの、分子構造が安定しているため燃焼しづらい、燃焼が安定しないなどといった理由で、これまで実用化されたエンジンはない。
BE-4は酸化剤リッチ二段燃焼サイクルと呼ばれる、高性能が期待できるものの技術的に難しい仕組みを採用しており、推力は2.4MN(メガ・ニュートン)を叩き出す。メタン、LNGを使うエンジンとしては世界最大で、なおかつ最高の性能をもつ。また、再使用能力や推力のスロットリング能力ももっており、搭載するロケットの再使用ができるようになっている。とくにメタンはススなどが出にくいことから、スペースXの再使用ロケット「ファルコン9」が採用しているケロシン燃料のエンジンに比べ、再使用に適している。
またもうひとつの特徴として、開発費の大部分をブルー・オリジンが自己資金で負担しており、米政府からの資金は米空軍が4600万ドルほどを投じたのみとされる。
同社はこれまで、BE-4エンジンの開発状況について詳しく明らかにしていないが、今年5月には、試験中の事故でパワーパック(エンジンのプリ・バーナーやターボ・ポンプの部分)が破損、失ったことが明らかにされている。以来、続報や試験再開の発表がなかったことから、開発の遅れなどを危ぶむ声もあった。
しかし今回突如として、エンジンの部品をすべて組み込んだ完成品の状態で、初めての燃焼試験に成功したことが明らかにされた。
ブルー・オリジンは画像や短い動画を公開したのみで、実施日時や燃焼時間などの詳細を明らかにしていないが、ニュース・サイト『Ars Technica』によると18日(米国時間)に西テキサスにある同社の試験施設で実施され、推力は50%、燃焼時間は3秒間だったと伝えている。推力は低く、燃焼時間も短いが、新開発のエンジンの初の燃焼試験としては妥当なものである。
ベゾス氏はこの成功を受けて「この重要な一歩を成し遂げたブルー・オリジンのチームに、心からの称賛を贈ります」とコメントしている。
BE-4で飛ぶ、ブルー・オリジンの新型ロケット「ニュー・グレン」
BE-4は、ブルー・オリジンが並行して開発中の新型ロケット「ニュー・グレン」(New Glenn)のエンジンとして使用されることが決まっている。
ニュー・グレンは地球低軌道に45トン、静止トランスファー軌道には13トンの打ち上げ能力をもつ大型ロケットで、第1段に7基、第2段には1基のBE-4を装備する。またBE-4の再使用能力、スロットリング能力を活かし、ロケットの第1段機体は海上の船で回収し、何度も再使用できるようになっている。
同社によれば、ニュー・グレンは100回ほど再使用できるとし、それにより打ち上げコスト、価格を従来より大幅に引き下げることができるとしているが、目標とする金額については明らかにされていない。
最初の打ち上げは2020年に予定されている。今年5月に事故があったにもかかわらず、いまのところこの目標は変わっておらず、開発はほぼ予定どおり進んでいるとされる。
すでにニュー・グレンは、まだ一度も飛んでいないにもかかわらず、フランスの大手衛星通信会社ユーテルサットや、数千機の小型衛星を使って世界中にインターネットをつなごうとしているワンウェブ(OneWeb)、今年8月にタイ王国で起業されたばかりの衛星通信会社ミュー・スペース(mu Space Corp)の3社から、商業打ち上げ契約を獲得しており、ビジネス面ではロケット・スタートを切っている。
米国の次世代基幹ロケットのエンジンとしても
BE-4はまた、米国のロケット会社ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)の次世代ロケット「ヴァルカン」の第1段エンジンにも採用されることが内定している。
ULAはアトラスVやデルタIVといった、米国の"基幹ロケット"を運用している企業で、これまで主に、米軍や国家偵察局、米国航空宇宙局(NASA)といった政府系衛星の打ち上げを続けてきている。
しかし、アトラスVは第1段エンジンがロシア製であることから、一時は運用中止の危機を迎えたことがあり、いっぽうのデルタIVはコストが非常に高いという欠点をもっている。そこですべてを米国製にしつつ、コストを抑えた次世代機として、ヴァルカンの開発を決定した。
ヴァルカンは2基のBE-4を装備する。ちなみにブルー・オリジンは当初、BE-4の推力を1.8MNに設定していたが、ULAからの要望で現在の目標値である2.4MNにまで引き上げたという経緯がある。
ヴァルカンの初飛行は、ニュー・グレンよりも約1年早い2019年に予定されている。また運用初期は使い捨てで打ち上げるものの、将来的にBE-4エンジン部分のみロケットから切り離し、パラシュートで降下させ、ヘリコプターで空中回収するという形での再使用も考えられている。
またULAや、ヴァルカンの主要顧客となる米空軍は、BE-4の開発が遅れたり、頓挫したりしたときに備え、米国の老舗エンジン・メーカーであるエアロジェット・ロケットダインが開発中の「AR1」というエンジンも選択肢に入れている。AR1は性能こそBE-4に似ているものの、燃料にはケロシンを使うなど、やや手堅い設計を採用している。
BE-4の採用に青信号か、ただしまだ予断は許さず
ヴァルカンのエンジンについて、ULAではBE-4を第一候補としつつも、開発状況を見たいとの判断で、当初2016年中に予定していた決定が先送りされている。
さらに今年初めには、新興のブルー・オリジンにBE-4ほどの大型エンジンが開発できるかどうか保証がないとして、何人かの議員が採用に反対の声をあげており、その後5月には試験中に事故が起きたもあり、BE-4の採用にやや暗雲が立ち込めつつあった。
いっぽう、BE-4の開発は2011年、AR1はその2年後の2013年から始まっており、BE-4には時間的な優位性がある。5月の事故で差が縮まりはしただろうが、現時点でAR1はまだ燃焼試験まで至っていないため、いまなおBE-4の開発が先行していることは間違いない。ブルー・オリジンによると、BE-4の開発は2019年に完了するとしており、すでにアラバマ州ハンツヴィルではBE-4の生産工場の建設が始まっている。
ULAでは今年中にどちらのエンジンにするか決定し、ヴァルカンの設計を終えるとしているが、今回の燃焼試験の成功により、BE-4が選ばれる公算がやや高くなった。ただ、前述のようにBE-4はAR1より攻めた設計であり、またブルー・オリジンに大型エンジンの開発実績が乏しいこともまた事実であることから、これからも開発に遅れが生じる可能性は十分にある。
またAR1の開発も続いており、エアロジェット・ロケットダインではBE-4と同じく2019年に開発を終え、ロケットに搭載できる準備が整うとしている。いまのところ大きな事故などもなく、BE-4との差を徐々に詰めつつある。
新型エンジンの開発において、事故や遅れが起こるのは珍しいことではない。しかし、ことヴァルカンへの採用という話に限っては、開発や運用の開始時期が決まっていること、そして追いすがるAR1の存在もあり、ブルー・オリジンにとってはなお予断を許さない状況が続くことになる。
参考
・Jeff Bezos氏のツイート: "First hotfire of our BE-4 engine is a success. Huge kudos to the whole @BlueOrigin team for this important step! #GradatimFerociter"
・Blue Originのツイート: "First hotfire of our BE-4 engine is a success #GradatimFerociter"
・World’s largest methane-fueled rocket engine test-fired by Blue Origin - Spaceflight Now
・Blue Origin just sent a jolt through the aerospace industry | Ars Technica
・Blue Origin | New Glenn
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info