マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームは、新構造の硫黄フロー電池を開発した。

充放電にともなう正極側での酸素の出入りを利用するため、「呼吸型電池」と名づけられている。低コストで大容量のエネルギー貯蔵ができるため、出力の安定しない太陽光発電や風力発電を電力網に接続する際に必要となる大型二次電池としての利用が期待されている。研究論文は「Joule」に掲載された。

「呼吸型硫黄フロー電池」の試作セルとその動作原理(出所:MIT)

リチウムイオン電池の場合、容量1kWhあたりのコストは100ドル程度かかるとされる。研究チームは、このコストを大幅に下げることによって、自然エネルギー向けの大型エネルギー貯蔵システムとして実用化できる二次電池の開発に取り組んでいる。

今回報告されたフロー電池では、正極、負極、電解質の材料費を合計した電池のトータルコストが、リチウムイオン電池の1/30程度に抑えられているという。自然エネルギー向けに大型化した場合にも、1kWhあたりのコストは20~30ドル程度で済むと考えられている。

試作した電池はコーヒーカップ程度の小さなサイズのものだが、電極に液体を使ってポンプ循環させるフロー電池なので大型化には向いているといえる。溶液を貯蔵しておくタンクを大きくすれば、それだけ電池容量を増やせるからである。

研究チームでは、開発当初から負極材には硫黄溶液を使うと決めていたという。硫黄は安価であり、エネルギー密度も非常に高いためである。問題は正極材に何を使うかで、候補としては過マンガン酸カリウムなどが候補に挙がっていた。

これも安価な材料であるが、通常、過マンガン酸塩の還元反応は不可逆的に進むため、正極材の還元反応にともなってイオンが負極側から正極側に移動する放電過程は可能でも、逆反応(酸化反応)による充電過程が実現できないと考えられる。

実際に過マンガン酸カリウム液体を正極に用いた電池では、正極材の酸化反応は起こらなかった。しかし、予想に反して電池自体はなぜか充電されることがわかったという。

これは予期しなかった酸化反応が正極側で起こっていたためで、その反応の担い手は空気であった。この発見から、特別な正極材を用いなくても空気(酸素)の出入りを使って充放電サイクルを回すという「呼吸型電池」のアイデアが生まれたとする。

研究チームが開発した呼吸型硫黄フロー電池の充放電原理は、次のようなものである。

まず充電時だが、リチウムイオン(Li+)またはナトリウムイオン(Na+)が正極側から負極側に移動する。このときに負極側の多硫化物溶液が電子を受け取る。正極側で使われている酸性またはアルカリ性溶液は、Li+などが正極側に向かって移動していく過程で、水素イオン(H+)が増加した状態になる。これは水分子が電子を手放し、水素イオンと酸素分子に分かれる反応である(OER:酸素発生反応)。正極側で発生した酸素は外部に放出される。

放電時には充電時と逆向きの反応が起こり、Li+などは負極側から正極側に向けて移動する。このとき負極側の多硫化物溶液は電子を放出する。正極側の溶液では、Li+などが戻ってくるのにともない、負極側から送られてきた電子を得て水素イオンと酸素分子が結合して水分子となる(ORR:酸素還元反応)。このとき外部の酸素が正極側に吸収される。

この仕組みは空気中の酸素を正極活物質として利用するリチウム空気電池に似ているともいえる。また、正極材に硫黄を用いるリチウム硫黄電池もすでに存在しているが、今回の呼吸型硫黄フロー電池は、リチウム空気電池とリチウム硫黄電池の概念を組み合わせることで、大容量かつ低コストの新しいタイプの電池を実現した研究としても注目されている。