海洋研究開発機構(JAMSTEC)は、地球深部探査船「ちきゅう」を用いた統合国際深海掘削計画(IODP)第337次研究航海「下北八戸沖石炭層生命圏掘削調査」により、青森県八戸市の沖合約80kmの地点から採取された海底下約1.6 kmの泥岩層(頁岩)と約2.0 kmの石炭層(褐炭)に生息する地下微生物の代謝活性を、超高分解能二次イオン質量分析器(NanoSIMS)等を用いて分析した。その結果、泥岩層や石炭層に含まれる成分であるメチル化合物を代謝し、メタンや二酸化炭素を排出する地下微生物生態系の機能が確認され、それらの微生物細胞の倍加時間が、少なくとも数十年から数百年以上であることを明らかにしたことを発表した。

この成果は、同機構 高知コア研究所地球深部生命研究グループの諸野祐樹 主任研究員、井尻暁 主任研究員、星野辰彦 主任研究員、稲垣史生 上席研究員が、米国カリフォルニア工科大学と共同で手がけたもので、10月4日、米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)電子版に掲載された。

海底下2,466mまでのコアサンプルの特徴を示す模式図(出所:海洋研究開発機構Webサイト)

地球表層の約7割を占める海の下には、約1029細胞の微生物が生息する広大な「海底下生命圏」が存在することが知られている。これまでの科学掘削調査において、海底下に生息する微生物の多くが地球表層の生命と系統的に大きく異なり、特異な進化を遂げた性状未知の微生物種から構成されることや、有機物に富む大陸沿岸域の海底堆積物に生息する微生物の多くが「生細胞」であること、外洋の堆積物環境に酸素が豊富に存在する好気的な生命圏が広がっていることなどが明らかになっている。さらに、2012年には海底下2,466mまでの掘削コアサンプルの採取に成功し、世界最深の海底下微生物群集の存在が確認された。

これらの成果は、地球内部の地下環境に「陸」や「海」の生命圏とは特性が大きく異なる「第三の生命圏」が存在し、そこに生息する微生物の代謝活動が、有機物の分解や天然ガス(メタン)の生成など地球規模の元素循環に大きな役割を果たしている。一方、海底下深部にいる微生物の栄養源や生育の速さについては不明であったため、2012年、地球深部探査船「ちきゅう」により八戸沖の水深1,180 mの海底から採取された海底下約1.6 kmの泥岩層と2.0 km付近の石炭層(褐炭)のサンプルを用いて、単一細胞レベルのより詳細な分析研究を実施した。

同サンプルを無酸素環境下で滅菌されたガラス瓶に入れ、炭素、窒素、水素の安定同位体で標識されたメタノール、メチルアミン、アンモニウムイオン、重水を基質としてそれぞれ少量ずつ添加し、現場環境に近い温度で暗所に静置した。実験開始から30ヶ月後、ガラス瓶の中に含まれるメタンや溶存無機炭素(二酸化炭素)の炭素・水素安定同位体組成を測定した。次にガラス瓶から取り出したサンプルに含まれる微生物細胞をセルソーターを用いて分取・濃縮した後、1細胞あたりに取り込まれた安定同位体の量を、超高空間分解能二次イオン質量分析器(NanoSIMS)を用いて測定した。さらに、それらの細胞からゲノムDNAを抽出し、次世代シーケンサーを用いて16S rRNA遺伝子断片の塩基配列を解読し、この実験により生育した微生物の種類を同定した。

その結果、安定同位体で標識された基質をサンプルに添加してから30ヶ月後、ガラス瓶の中に含まれるメタンの約0.04%が"重い"メタン(13Cに富むメタン)に変化していた。これは、13Cで標識されたメタノールやメチルアミンを基質とするメチロトローフな代謝活動によるもので、微生物が生育のためのエネルギーを獲得し、最終産物としてメタンが生産されたことを示唆している。

同様に、溶存無機炭素も30ヶ月後には"重い"二酸化炭素(13Cに富む二酸化炭素)へと変化していた。これらの結果は、地層中に生息する微生物群がメタノールやメチルアミンといった石炭層(褐炭)に多く含まれるメチル化合物を分解・消費し、最終的にメタンや二酸化炭素を産生する代謝が起きていることを示している。

海底下2kmの石炭層から検出された微生物細胞のNanoSIMSを用いた元素組成イメージ(出所:海洋研究開発機構Webサイト)

また、安定同位体基質を添加した全てのサンプルから微生物細胞を検出し、それらの1細胞あたりの元素組成をNanoSIMSで測定したところ、13Cで標識されたメタノールやメチルアミンに由来する"重い"炭素を同化した細胞や、15Nで標識されたメチルアミンやアンモニウムイオンに由来する“重い”窒素を同化した細胞が確認された。また、石炭層に生息する微生物群の方が、泥岩層に生息する微生物群よりメチルアミンの13Cを同化しやすく、メタノールの13Cよりメチルアミンの13Cの方が同化されやすい傾向があったほか、メチルアミンの15Nよりアンモニウムイオンの15Nの方が同化されやすい傾向が認められた。さらに、安定同位体で標識された基質に加え、ガラス瓶の中に水素を添加した条件では、メチルアミンやメタノールの炭素を同化する速度や割合が低下する傾向が認められた。

この研究では、炭素や窒素の同化作用を示した全ての微生物細胞が、重水に由来する水素(2H)を窒素(15N)とほぼ同じ割合で同化していたことが明らかとなったほか、細胞に同化されたメチルアミンやメタノールに由来する13Cの量は、15Nや2Hよりも少ない傾向が認められた。これは、メチルアミンやメタノールが、細胞を構成する新しい生体化合物の元素として使われるだけではなく、呼吸によりエネルギーを獲得する代謝に使われ、その代謝産物が細胞外に排出されたためと推察される。さらに、1細胞あたりの全窒素と全水素の量と、30ヶ月間に固定された15Nや2Hの量の割合から、細胞の倍加時間を推定したところ、数十年から数百年の時間を要することが明らかになった。

また、30ヶ月後のサンプルから直接ゲノムDNAを抽出し、微生物の種類を調べた結果、それらの多くが約2000万年前の陸域の森林土壌や浅海の堆積物環境に由来する固有の地下微生物であることが確認されたとともに、長期生存のための内生胞子を作る微生物種や好熱性細菌と推測される微生物種が検出された。

これらの研究成果は、大陸沿岸の有機物に富む海底堆積物に生息する地下微生物群が、地層中に含まれる有機成分を持続的に分解し、地質学的時間スケールと空間規模で、石炭の熟成や天然ガス(メタン)の生成といった炭化水素資源の形成プロセスに重要な役割を果たしていることを示唆している。

一方で、地下微生物がどのようなメカニズムで生命機能を長期間維持するのか、その生命生息可能限界はどこにあるのか、そもそも過酷な地下環境で生命の進化は起きているのか、といった根源的な問いは依然として不明のままである。研究グループは今後、これらの地下微生物が有する潜在的な遺伝子機能や環境適応・進化プロセスに関する理解と利活用手法の研究開発をさらに深め、海洋・地球環境と人間社会の未来構築に活かしていきたいと考えていると説明している。