理化学研究所は、細胞や生体分子の機能を損なわず、マイクロ流体チップ中にパッケージングする手法を開発したと発表した。
同研究は、理研生命システム研究センター集積バイオデバイス研究ユニットの船野俊一特別研究員、太田亘俊特別研究員、佐藤麻子テクニカルスタッフ、田中陽ユニットリーダーらの研究チームによるもので、同研究成果は、9月28日付で英国の科学雑誌「Chemical Communications」オンライン版に掲載された。
マイクロ流体チップは、掌サイズの基板上に指紋サイズの極めて微細な流路を集積した器具で、少量の細胞・試薬での実験や分析時間の短縮が可能であり、化学・生物の実験効率化が期待されている。従来は、溝を持つ2枚のガラス板を高温に加熱して貼り合わせマイクロ流体チップを作製した後で、微細流路内に区画定着させたいタンパク質や細胞などを注入していたが、この「貼って付ける」処理は、流路が閉空間であるため、細胞や生体分子を流路内の所定の位置へ定着させることが難しく、実用には壁があった。
そこで、理研の研究チームは、ガラス板に細胞や生体分子を所定位置に定着させた後、ガラス板を常温で表面処理と加圧により貼り合わせて流路を形成する「付けて貼る」方式の手法を検証した。その結果、硫酸と過酸化水素水を4:1で混合した硫酸過水、濃塩酸、または酸素プラズマ処理によって表面が活性化されたガラス板を2枚重ね合わせ、450ニュートンの力を2時間加えることで、ガラス板の貼り合わせが可能であることが分かった。なお、ガラス表面の処理方法に関わらず、貼り合わせ時の温度が高くなるにつれて、ガラス製マイクロ流体チップの耐圧性能が向上することも分かった。
また、実際に細胞やタンパク質を微細流路内にパッケージングする実験を行った。まず、ガラス板上に親水性部分と疎水性部分の区画を形成し、この親水性部分にタンパク質や細胞などを定着させた後、親水性部分の上に液だめを置き、そこへ定着させたいタンパク質や細胞を含む液体を注入。時間をおいて定着させた後、液だめ内の液体を吸引して取り除き、最後に2枚のガラス板を貼り合わせ、マイクロ流体チップを完成させた。さらに、細胞を区画定着させた微細流路に培養液を注入し、5日間細胞を培養して光学顕微鏡で観察したところ、微細流路内で細胞が維持されている様子が確認できた。このことから、従来法では特に難しい微細流路内への複数種類の細胞の区画定着が実現できるようになったという。
同研究成果の利点は、タンパク質や細胞などの乾燥や熱に弱い材料を区画定着させてマイクロ流体チップを作製できることであり、今後、このマイクロ流体チップを利用することで、生命科学分野では貴重な試料を用いる研究が加速され、医療分野では患者への侵襲を最小限にした検査法が開発されると考えられるという。また、同技術はオープン(操作や組み込みの容易さ)とクローズ(省試料・高速・小型)の長所を兼ね備えた技術であり、上記のような医療やバイオ分野に限らず、化学製造・創薬分野などで触媒や電極を流路に区画定着させて高効率に合成したり、エネルギー分野などでイオン交換膜を組み込んで小型の燃料電池を作製したりと、さまざまな分野に応用が利くため、同技術によってマイクロ流体チップがさまざまな分野へと応用されることが期待できるということだ。