情報通信研究機構(NICT)は、扁桃体と海馬の「経済的な不平等」に対する脳活動から、被験者の現在のうつ病傾向と1年後のうつ病傾向を予測できることを示したと発表した。

同研究は、NICT脳情報通信融合研究センター(CiNet)の春野雅彦研究マネージャーらの研究グループが行ったもので、NICT田中敏子研究員、およびNHKスペシャル「病の起源・うつ病」(2013年放送)の取材に端を発する山本高穂チーフ・ディレクターとの協力による成果となる。同研究成果は、10月2日付けで英国科学雑誌「Nature Human Behaviour」にオンライン掲載された。

現在のうつ病傾向の予測。うつ病傾向の実際の値と脳活動パターンからの予測値の間には、統計的に有意な正の相関があることが分かった。このことは、現在のうつ病傾向が予測可能であることを示している。(出所:NICTプレスリリース)

1年後のうつ病傾向変化の予測。実際の1年後のうつ病傾向変化値と予測値の間にも、統計的に有意な正の相関があることが分かった。(出所:NICTプレスリリース)

経済的不平等(格差)は、国内外の疫学研究によりうつ症状との因果関係が示唆されてきたが、その脳内メカニズムは不明だった。その中で、2010年に同研究グループは、大脳皮質下に位置して感情を司る扁桃体が「不平等」に対して反応し、その脳活動が自分と他者とのお金の配分の違いを説明することを明らかにした。

一方、扁桃体と海馬は視床下部と共にストレス物質の放出に関与し、うつ病患者では、扁桃体と海馬の脳活動と体積が健常者とは異なることが知られている。これらの知見から、不平等に対する扁桃体と海馬の脳活動とうつ病傾向の変化が関係するとの仮説を持ち、実験が行われた。

同研究グループは、自分と相手の配分の差に対する感情の働きを調べることを目的とし、被験者にMRI装置の中で、相手から提案されるお金の配分を受け入れるか拒否するかを判断する「最終提案ゲーム」と呼ばれる課題を行ってもらい、fMRIデータを取得した。その後、扁桃体と海馬の中の微小な場所が不平等に反応して作る脳活動パターンから予測をする機械学習技術を考案し、うつ病傾向の予測を試みた。

その結果、現在のうつ病傾向と1年後のうつ病傾向の両方が予測可能であることがわかった。一方、経済的な不平等とは関係のないほかの脳活動パターンや、被験者の様々な行動や社会経済的地位などからうつ病傾向を予測できるか検討したところ、無関係であることもわかった。これらの実験結果は、経済的な不平等とうつ病傾向の関係において、扁桃体と海馬が果たす重要な役割を示唆しているという。

なお、今回考案した機械学習技術を更に発展させることで、長期のうつ病傾向の予測精度を向上させ、現在は一括してうつ病とされている症状群の脳情報処理の違いの理解が進むことなどが期待されるということだ。