慶応義塾大学(慶大)は9月29日、マウスを用いた実験で、目標に向かって行動を開始するためには、腹側線条体と呼ばれる脳領域の外側部位に存在する「やる気ニューロン」の活動増加に加え、内側部位に存在する「移り気ニューロン」の活動低下が必要であることを発見したと発表した。

同成果は、慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室の田中謙二 准教授、三村將 教授、東京都医学総合研究所の夏堀晃世 主席研究員、自然科学研究機構生理学研究所の小林憲太 准教授らの共同研究グループによるもの。詳細は総合科学雑誌「Current Biology」に掲載された。

やる気を目標達成にまで結びつけるには、目標達成とは無関係な行動を抑制する必要がある。この抑制は意欲行動の達成に重要でありながら、その脳内メカニズムの詳細は分かっていなかった。

今回の研究では、線条体に存在するドパミン受容体2型陽性中型有棘ニューロン(D2-MSN)にカルシウム蛍光プローブを発現する遺伝子改変マウスを用い、自由行動下でその神経細胞の活動を計測を行った。

この実験では、空腹のマウスを、2つのレバーとえさ箱を備えた箱に入れる。左のレバーを押せばエサが出てくるが、右のレバーを押してもエサが出てこないという仕組みだ。これを知らないマウスは、試行錯誤の後に、左のレバーを押せばエサをもらえるということを学習し、それ以後、空腹を満たすためにレバーを押すようになる。その際のマウスの腹側線条体の内側部および外側部の神経活動を計測した。

実験のイメージ図。「やる気ニューロン」の活動が増えると同時に、腹側線条体の内側部位の神経活動が低下する (出所:生理研Webサイト)

計測の結果、マウスが目標(エサ)に向かってレバー押しを開始すると、腹側線条体の外側部位の「やる気ニューロン」の活動が増えると同時に、腹側線条体の内側部位の神経活動が低下することが判明した。

また、研究チームは、この神経を人為的に無理やり興奮させる実験から、内側部位の神経の活動低下の意味を探った。まず、対照実験として外側部位の活動増加を人為的に低下させた。外側部位の神経活動を低下させてしまうと、意欲行動の指標である開始のスタートからレバーを押し始めるまでの時間が7秒から26秒に延長した。これは、やる気がないときは行動の開始が遅くなることと一致する。

次に、内側部位の神経を人為的に興奮させてみると、開始スタートからレバー押しまでの時間に変化がなかった。しかし、目標と無関係のダミーレバーを押すようになった。一方、外側部位の活動抑制では、このような効果は見られなかった。

これらの結果から、腹側線条体の内側部位の神経は意欲そのものをコントロールしているのではないこと、この神経細胞の活動を抑えることで目標と無関係な行動を抑制していること、この神経細胞が活性化すると無駄な行動が増えることが明らかになった。

「移り気ニューロン」は、ルールが定まっているときには抑制しておく必要があるが、ルールが変わったときには、活性化することが逆に役に立つ。研究グループでは、このことを逆転学習と呼ばれる課題によって証明した。

今回の逆転学習は、ある日突然、正解レバーを逆転させるもの。今までとは違い、エサをもらうには、右のレバーを押すことを正解とする。このとき、マウスは、左のレバーに固執せず、無駄な行動と思われていた右のレバーを押すという行動を選択する必要がある。 この課題によって、試行錯誤が必要である逆転学習中に腹側線条体内側部位の神経の活動が上がること、そして、その活動を人為的にさらに活性化させると、通常は逆転学習2日目ではまだ迷うところ、左のレバーが正解レバーであることを2日目にして学習することを見出した。この「移り気ニューロン」は、ルールが定まっているときには抑制させ、ルールが変更されたときにその抑制を外すことで、柔軟な対応に役立っていることが分かった。

ルールが変更されたネズミ。「移り気ニューロン」のおかげで柔軟に対応できる(出所:生理研Webサイト)

今回の成果を受けて研究グループは、「やる気ニューロン」の活動増加と「移り気ニューロン」の活動抑制のバランスが、何によって決められているのかを明らかにすることを課題であるとコメント。また、、柔軟性に欠ける適応障害や強迫性障害などの病態や、注意の持続が困難な注意欠陥多動性障害の病態を理解するのに今回の成果が役立つ可能性があるとしている。