2014年~2015年頃、3Dプリンタの成形技術の特許切れが相次ぎ、特にFDM(熱溶解積層法)方式の安価な3Dプリンタが数多く発売された。出力の様子が(製造業に携わらない人々にとっては)まるで魔法のように見えたことから、一時は3Dプリンタが家電量販店に並び、一般家庭にも普及するのでは、と見られていた。だが現在、3Dプリンタは一般に普及しているとは言いがたい状況だ。
3Dプリンタメーカー「Formlabs」は、製品開発のために使われるデスクトップ型の「プロ向け」3Dプリンタを展開する米国企業。デスクトップ型で産業用としては安価なことから、アマチュア~セミプロ、中小企業での利用もみられる。3Dプリンタメーカーとしては新興企業である同社は、今現在の3Dプリンタの置かれた状況について、どのように認識しているのだろうか。
今回は、米Formlabs CPO(製品最高責任者) David Lakatos氏に、同社製品および3Dプリンタ製品全体の今後の展望や、3Dプリンタブーム収束の理由などを聞いた。
3D設計者に3Dプリンタが行き渡るように
Formlabsは、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ出身のエンジニアと、MITのデジタルものづくりラボであるCenter of Bits and Atoms出身のデザイナーが設立したスタートアップ企業。一般的には筐体が大きな"プロ仕様"の造形方式の3Dプリンタを、デスクトップサイズで提供している。2012年、クラウドファンディングプラットフォーム「Kickstarter」で約3億5000万円を調達したほか、米国のフォーチュン500のすべてのメーカーに導入されるなど、拡大を続けている。
同社は現在、光造形式(SLA)3Dプリンタ「Form 2」を展開し、6月にはレーザー焼結(SLS)式3Dプリンタ「Fuse 1」を発表した。より安価なことが多いFDM(熱溶解方式)式の3Dプリンタと比較し、出力物の表面がなめらかで、後処理の手間が少ないのが利点だ。
同社では、3D設計に携わる人々は2千万人規模と捉えており、「彼ら全員に3Dプリンタが必要だと考えている」(Lakatos氏)とのこと。現状、3Dプリンタ1台に対して設計者が400人程度というような供給状況だが、同社では自社製品を200万台出荷することで、1台あたりの利用者比率を小さくしたい狙いがある(1:10程度)。
また、3Dプリンタを200万台市場に出すためには、ふたつの大切な要素があるという。まず、トレーニングなしで誰でも簡単に扱える「アクセシビリティ」、そして手に取りやすい「価格」だ。
スケールダウンすることの苦労
先述した通り、産業用3Dプリンタは筐体が大きく、また製品価格も数百万~数千万円と高価だ。一方、同社の3Dプリンタの筐体はデスクトップサイズで、価格は60万円を下回っている。
とはいえ、「サイズを小さくすればそれに比例して安くなるわけではない」、とLakatos氏は笑いながら語る。筐体をスケールダウンすると、他の産業用3Dプリンタで用いられているコンポーネントをそのまま使うことはできないため、ゼロから開発する必要があった。
同社の最新ラインアップであるレーザー焼結式3Dプリンタ「Fuse 1」では、開発に3年を費やした。SLSは温度管理が最も重要なファクターであり、先行機種の「Form 2」からシステムを継承し、材料のパウダー開発、マシン自体の使いやすさなどをブラッシュアップしていったという。
「Fuse 1」に限らず、これまでの同社の3Dプリンタは単一展開で、大きさは1種類のみだ。今後、サイズ違いの展開はあり得るかと問いかけると、「まずはひとつのサイズにフォーカスして、技術をベストなモノにすることに注力してきたというのがこれまでの経緯。今後、より安定した動作が可能になればサイズ展開も考えている」と回答した。
ワンフェスでのシェアの伸び
また、同社日本法人の新井原氏は、日本国内での企業での利用事例やトピックについて語った。
企業の利用事例としては、PLEN Roboticsの小型ロボット「PLEN Cube」開発において用いられた。Form 2によってプロトタイピングのコストが20分の1になったほか、金型発注などの工程が省略できるため、社内で完結できることが評価されたという。
また、コンシューマー寄りの利用例では、同社が出展しているガレージキットの展示会「ワンダーフェスティバル」(ワンフェス)における「Form 2」の反響はめざましく、2017年夏開催のワンフェスでは、40件のサークル(展示会参加者の単位)において、展示、販売されるフィギュアの造形に「Form 2」が利用されていることが判明したという。
David氏はこうした反響について、「専門的な技術を持つ人々による、"フライデーナイトのクリエイティビティ"」と形容。「例えば一眼レフは本来プロ向けだが、熱心な一般ユーザーも購入して使う。そうした状況と似ていて、シェアとしては決して大きなものではないが、プロフェッショナルの趣味と実益を兼ねるような使い方がされている」と語った。
Form 2を利用しているメーカー勤務のデザイナーが、同機をモデルにしたミニ四駆を制作。"フライデーナイトのクリエイティビティ"の一例だ。カバーや部品まで非常に精巧にまねており、もちろんForm2で出力されている |
まるで同社のノベルティのようだが、このパッケージもデザイナーの手作り |
ワンフェスの出展など、日本での販促を主に手がける新井原氏は、国内での今後の展望について、3Dプリンタは今後で女性にも広がると予測した。「機体を所有するかどうかは別として、弊社の出力物は大変クオリティが高く、ジュエリー関係での利用も可能。今ハンドクラフトで行われているような、オリジナルアクセサリーの制作に活用されるのではないか」とにらんでいる。
3Dプリンタブームの鎮火と再興
日本国内では2014年~2015年頃に起こった3Dプリンタブーム。Formlabsが籍を置く米国はまさに3Dプリンタの広がりを受けた「メイカーズブーム」発祥の地であり、より一層その熱を感じていたことだろう。当時の熱狂を振り返って、David氏はあれだけ注目された3Dプリンタが家庭の必需品にはならなかった理由として、「最初の期待値が高すぎた」のだと分析する。
「ご家庭のキッチンに3Dプリンタが! というような風に喧伝されたが、一般向けにテクノロジーが伝播する時、いきなり工場からキッチンへは場を移さない。家庭用のような市場は長期的に起こっていくものだ」と語り、「そのため、現段階ではプロ仕様の製品を提供するのが正しい道だと思っている」と、同社のスタンスを付け加えた。
また、一般向けの3Dプリンタブームこそ収束したが、産業向け3Dプリンタ市場は静かに「次」のフェーズへ進みつつある。3Dプリンタはプロトタイピングの効率化のため、1点のオブジェクトを出力する時間の短縮などを競っていたところがあるが、現在は本番部品の量産化を視野に入れて、それを実現する製品、あるいはシステムの構築に3Dプリンタメーカー各社が着手している。
Formlabsでも、既存製品を組み合わせた3Dプリンティング自動化システム「Form Cell」を発表している。既存の3Dプリンタをモジュール化して動かすもので、3DデータファイルをForm Cellに転送するまでの工程、そして完成したオブジェクトを取り出す工程以外は自動化されている。これはプロトタイプではなくすでに一部企業での共同検証が行われており、2017年10月から本格的な販売を開始するとしている。
「第一次」3Dプリンタブームは過ぎたが、Formlabsでは元来の用途であるプロトタイピングでシェアを広げ、さらには本番製品の出力へと足がかりを広げつつある。本番部品まで3Dプリンティングが広がれば、いずれ消費者の製品選択にも利便が広がる。同社やその他のメーカーによる、"プロ向け"3Dプリンタブームの再興が待たれるところだ。