宇宙航空研究開発機構(JAXA)は8月29日、金星探査機「あかつき」の観測成果について記者会見を開催、金星大気中に未知のジェット気流を発見したことを明らかにした。金星では、自転よりもはるかに高速な大気の流れ「スーパーローテーション」が大きな謎として残っている。このメカニズムの解明に繋がる可能性があると期待される。
あかつきは、2010年5月に打ち上げられた日本初の金星探査機である。エンジンのトラブルにより、金星周回軌道への投入には一度失敗していたが、5年後の2015年12月に再挑戦。今度は成功し、当初の計画よりも遠い軌道になるものの、科学観測を開始していた。そのあたりの経緯は、過去記事を参照して欲しい。
今回の観測成果は、赤外線カメラ「IR2」を使って得たもの。可視光だと、分厚い雲の表層しか見ることができないが、一部の赤外線だと、中・下層の雲の濃淡を透かして見ることができる。IR2は高度45~60kmの雲を観測することが可能で、このデータを解析したところ、赤道付近でジェット気流が発生していることが分かった。
これまで、赤外線による雲の観測は、欧州の金星探査機「ビーナス・エクプレス」でも行われたことがあったが、このようなジェット気流は見つかっていなかった。ただ、あかつきによる観測でも、2016年3月には見つからず、同7~8月に出現していたことから、過去にも発生していたが、観測頻度が少なかったため、見つけられなかったと推測される。
この新発見の現象で注目したいのは、スーパーローテーションとの関係だ。これまで観測されていたスーパーローテーションは雲の上層の現象で、風速は大体100m/sくらい。緯度による風速の違いはあまりない。対して今回見つかった赤道ジェットは中・下層の現象で、風速は80~90m/s程度。低緯度に風速のピークがある。
金星の自転速度は、赤道で約1.8m/sと非常に遅い。それなのに、なぜ50倍以上も速い風が吹いているのか。スーパーローテーションは金星最大の謎だった。赤道ジェットはスーパーローテーションの一部と考えられ、今回の研究を行った北海道大学大学院・地球環境科学研究院の堀之内武准教授は、「成因についての示唆が得られるのでは」と期待する。
現時点で分かっているのは、赤道ジェットが発生したり消えたりするということだけで、発生するメカニズムは不明。しかし、このメカニズムを探っていくことで、スーパーローテーション全体のメカニズムの解明に繋がる可能性がある。
たとえば、従来、ある数値シミュレーションの結果では、赤道ジェットが出現していたことがあったという。これまでは非現実的と見られていたが、実際に赤道ジェットが発見されたことで、見直しが必要になるだろう。このモデルでは、「大気潮汐が全般的な運動量の輸送に大きな役割を果たしていた」とのことで、熱的な潮汐の影響力が支配的である可能性も出てきた。
だが、スーパーローテーションの解明を登山にたとえると、「感触ではまだ1合目くらい」だと堀之内准教授は述べる。頂上までの道のりは長く、今後、数値シミュレーションも活用しながら、研究を進めていく意向だ。
このメカニズムを解明するためにも、さらなる長期観測を行いたいところだが、残念ながらIR2は2016年12月、機器に発生した不具合のため、観測を休止している。9月以降に取得した観測データは未解析なので今後解析を進めるが、現象の周期性などを探るには期間が不十分。今後は、地上からの観測も検討しているそうだ(ただし精度が課題)。
ただ、IR2はセンサー部分に異常はなく、電源部分だけが不調とのことで、復旧する可能性はゼロではない。IR2の主任研究者であるJAXA宇宙科学研究所の佐藤毅彦教授によれば、電源の発振により、IR2の制御装置が正常に起動しない状況になっていて、現在もさまざまな電源の投入方法を試すなどして、復旧のための努力を続けているそうだ。
また、あかつきは打ち上げからすでに7年が経過。設計寿命の4.5年を大幅に越えているが、今のところ、探査機本体に大きな問題は起きていないそうだ。どこまで運用できるのか気になるところだが、JAXAの中村正人・あかつきプロジェクトマネージャによれば、「燃料の残量次第だが、まだしばらくは大丈夫だろう」とのことだ。
堀之内准教授は、「あかつきによる科学研究は、成果の収穫期に入った」と宣言。このあとも続々と論文が発表される見込みとのことで、今後の成果にも期待したいところだ。