マンチェスター大学の研究チームは、単分子磁石が磁気ヒステリシスを示す温度について、これまでで最も高い60K(-213℃)を達成したと発表した。単分子磁石を磁気記録媒体として低コストで利用するための目安となる液体窒素温度(-196℃)にかなり近づけたことになり、今後の実用化に向けた研究の進展が期待される。研究論文は科学誌「Nature」に掲載された。

単分子磁石とは、分子1個が磁石のように振る舞う現象である。厳密には磁石(強磁性体)とは異なるものだが、磁石と同様の磁気ヒステリシスがみられるため、ハードディスクや磁気テープなどのような磁気記録媒体として利用できる。データの保存単位を分子1個分まで小さくできるので、データ記録密度を大幅に上げることが可能になると考えられている。

単分子磁石で測定された磁気ヒステリシス曲線(出所:Nature, DOI:10.1038/nature23447)

磁気ヒステリシスとは、磁性体に外部磁場をかけたときに、現在の磁場だけが磁性体の磁化に影響するのではなく、過去にかかった磁場の履歴も現在の磁化に影響を及ぼすという性質である。磁気ヒステリシスがあるとき、外部磁場を正から負に変化させた場合と負から正に変化させた場合では、磁場ゼロにおける磁化の正負の符号が異なる。

磁気記録媒体では、この磁気ヒステリシスの性質を利用して、磁化の正負にデータの0/1の値を対応させることによって情報の記録を行っている。つまり磁気記録媒体にとって磁気ヒステリシスをもつことは必要不可欠な条件であるといえる。

磁気ヒステリシスには、温度が一定温度以上に上がると失われるという性質がある。単分子磁石については、磁場掃引速度20 Oe/s(エルステッド毎秒)とした場合、これまで14K程度(-259℃)が磁気ヒステリシスを示した最高温度と報告されていた。これは液体ヘリウム温度の約4K(-269℃)より少し高い程度で、低温環境として安価に利用できる液体窒素温度には遠く及ばなかった。

今回の研究では、ジスプロソセニウム分子錯体を用いたジスプロシウム系の単分子磁石について、掃引速度22 Oe/sとした場合に60Kという比較的高温での磁気ヒステリシスが確認されたと報告されている。中心金属と周囲の配位結合分子の間の局所的な振動モードが磁気ヒステリシスをもたらしていると考えられるという。これはジスプロソセニウム固有の性質であると論文では指摘されている。

単分子磁石が実用化されれば、1平方インチ当たり200テラビット超という高密度データ記録が可能になるとされている。これは現在の最先端のデータストレージ技術の100倍以上のデータ記録密度に相当する。