名古屋大学は、同大大学院医学系研究科 法医・生命倫理学の財津桂准教授、医療技術学専攻病態解析学の林由美助教、および島津製作所らの研究グループが、超微細針(鍼灸針)を用いた新規イオン化法である「探針エレクトロスプレーイオン化法(PESI)」と「タンデム質量分析(MS/MS)」を組み合わせた新規質量分析法「PESI/MS/MS」を用いて、マウス脳内の内因性代謝物(メタボライト)の直接分析に成功し、かつ、大脳内におけるメタボライトの局所解析を行うことに成功したことを発表した。この研究成果は6月30日、科学誌「Analytica Chimica Acta」オンライン版に掲載された。
アミノ酸や有機酸、脂肪酸、糖類などの内因性代謝物(メタボライト)を網羅的に解析する手法である「メタボローム解析」は、近年、生命科学分野において広く活用されている。一般にメタボローム解析を行う際は、メタボライトなどの抽出操作といった前処理操作を行った後、質量分析計などの機器分析法を用いてメタボライトのプロファイリングを行う。中でも脳を分析試料とした場合、脳内に存在する脂質類が分析時の妨害成分となることから、前処理操作が不可欠であった。
研究チームは2016年、PESI/MS/MSによる肝臓中メタボライトの直接分析法を開発した。この分析法は抽出操作などの前処理操作を行うことなく、肝臓内のメタボライトを直接分析することが可能な手法である。このPESI/MS/MSを脳試料に適用した結果、前処理操作を一切行うことなく、脳内メタボライトを直接かつ迅速に分析することに成功した。
さらに、同手法では先端直径が約700nmの超微細針(鍼灸針)を試料採取およびイオン化の機構に用いていることから、非常に微細な局所の分布解析に応用できる可能性がある。そこで、大脳皮質と海馬におけるメタボライトの分析をPESI/MS/MSで行ったところ、前処理操作を行わずに大脳皮質と海馬のメタボライトの局所分布差を直接捉えることにも成功した。
以上のことから、新規質量分析法であるPESI/MS/MSを用いることで、脂質含有率の高い脳試料であっても、煩雑な前処理操作を行うことなく、極めて簡便かつ迅速に脳内メタボライトの直接検出が可能であることが示された。さらに、同手法で用いる超微細針(鍼灸針)の特性を利用することで、脳内メタボライトの局所解析が可能であることも示された。
この手法の確立により、疾患等の病態解析に必須のツールとなりつつあるメタボローム解析の技術発展に大きく寄与するとともに、脳内の局所解析や脳内成分のマッピング(イメージング)技術への拡張が強く期待される。
今後は、脳疾患や認知症などの病態解析に同手法を応用することが望まれているという。さらに、超微細針の低侵襲性(臓器などへの障害が少ないこと)を利用し、"生きたマウス"の脳内メタボライトの「リアルタイム分析」へ拡張することを目標としているということだ。