理化学研究所(理研)は、同所環境資源科学センター適応制御研究ユニットの瀬尾光範氏、佐野直人氏、セルロース生産研究チームの持田恵一氏らの共同研究グループが、「プライミング」と呼ばれる種子処理後の種子寿命の減少には、植物ホルモンの一種である「ブラシノステロイド」が関与することを明らかにしたことを発表した。この成果は8月14日、英国のオンライン科学雑誌「Scientific Reports」に掲載された。
多くの植物種において、形成直後の種子は休眠性を持ち、地上に落ちてからも生育に適した条件下ですぐに発芽しない場合がある。種子の発芽は作物生産における出発点として重要であるため、休眠性が高いことや、ばらついていることによる不発芽、もしくは不斉一な発芽は好まれない。そのため、市販の種子には発芽力を向上させる「プライミング」と呼ばれる種子処理が施されている。
一方で、プライミング処理は副作用的に種子の寿命を減少させる場合があり、市場での種子の流通・保存の面では都合が悪い。そのため、斉一かつ素早い発芽と種子の寿命を両立するため、プライミングによる寿命減少の分子機構の解明が求められていた。
研究グループは、モデル植物のシロイヌナズナの自然変異系統(野生株)群の中から、標準的な系統として一般的に研究に用いられているCol-0に比べ、プライミング処理後にも種子寿命が失われにくい系統「Est-1」を見つけた。
次に、Col-0とEst-1をかけ合わせた組換え近交系統のうち、プライミング後の寿命が的長い系統集団と短い系統集団のトランスクリプトームを比較するバルク・トランスクリプトーム解析を行った。その結果、「ブラシノステロイド」と呼ばれる植物ホルモンの生合成や情報伝達に関わる遺伝子群の発現量が、短命集団で高いことが分かった。
続いて、ブラシノステロイドの生合成に欠陥を持つ変異体det2およびcyp85a1/a2の種子の寿命について調べたところ、野生株(Col-0)の種子に比べて、プライミング後に比較的長い寿命を維持することが分かった。また、Col-0の種子をブラシノステロイド生合成阻害剤(Brz)の存在下でプライミングすることで、寿命の減少が抑えられることが分かった。一方で、Col-0の種子をブラシノステロイドとともにプライミングした場合には、寿命の減少が促進された。
これらは、ブラシノステロイドが種子の寿命を減少させる原因のひとつであることを示している。さらに、ブラシノステロイドによって誘導される種皮の透過性の増大が、プライミングによる種子寿命の減少に関与していることも分かった。
今回の研究で、ブラシノステロイド生合成遺伝子欠損体においても、プライミング処理による本来の発芽促進効果が維持されていたことから、プライミングによる発芽促進効果と長命種子の両立は可能であると考えられる。
今後、ブラシノステロイドの内生量や働きを制御する薬剤を用いた新たなプライミング技術を開発することで、種子の流通・保存時のコスト削減などを実現し種苗産業に貢献することが期待できるということだ。