長基線ニュートリノ振動実験「T2K実験」の国際共同研究グループ(T2Kコラボレーション)は8月4日、ニュートリノと反ニュートリノの違いがある確率が、これまで報告されていた90%から95%に高まり、「レプトン」での「CP対称性の破れ」が存在する可能性がより明瞭になったことを発表した。
宇宙の始まりと言われるビッグバンで生成されたはずの物質と反物質だが、現在の宇宙では反物質はほとんど存在していないが、宇宙に物質だけが残るためには、物質と反物質に何らかの性質の違い、いわゆる「CP対称性が破れている」必要があり、どの素粒子が宇宙の成り立ちに関わるCP対称性の破れを持っているのかの解明に向けた研究が世界各地で進められている。すでに物質を構成する12種類の素粒子のうち、「クォーク」についてのCP対称性の破れは見つかっており、そのメカニズムも理論的に解明されているが、クォークでのCP対象性の破れだけでは、現在の宇宙の成り立ちを説明することは難しいとされていた。
残りの6種類の素粒子である「レプトン」については、CP対称性の破れがあるかどうかが未解明で、そのうちの3種類の素粒子のニュートリノについてはCP対称性の破れが存在する可能性が指摘されており、これを確かめることを目指して日本では大強度陽子加速器施設J-PARCと295km離れた東京大学宇宙線研究所のスーパーカミオカンデ検出器によるT2K実験では、加速器で作り出したニュートリノを用い、ニュートリノ振動を調べる実験が進められてきた。
これまでの研究からT2K実験グループは、2010年から2013年までにニュートリノビームを生成して取得した実験データと、主に2014年から2016年5月までに反ニュートリノビームを生成して取得した実験データに基づいて、「ミュー型ニュートリノが電子型ニュートリノに変化する確率」と、「反ミュー型ニュートリノが反電子型ニュートリノに変化する確率」が異なっていることを信頼度90%で示唆する結果を発表していたが、その後、新たに2016年10月~2017年4月に取得したデータを加えたほか、スーパーカミオカンデでのニュートリノを検出する効率を約30%向上させた新しい解析手法を開発することで、従来比でデータ量を2倍に増加させることに成功。より高い感度でCP対称性の破れの有無の検証を可能としたという。
この結果、「ニュートリノと反ニュートリノで電子型ニュートリノ出現が同じ頻度で起きる」という仮説は95%の信頼度で棄却され、ニュートリノと反ニュートリノで電子型ニュートリノ出現が同じ頻度では起きず、CP対称性の破れがある、という可能性が高まったと研究グループでは説明している。
ただし研究グループでは、今回得られた結果は、現時点でのデータ収集量が、T2Kコラボレーションが当初、実験提案したものに対して約3割程度と、実験の最終結果として結論づけるには未だ統計的に十分な信頼度とは言えないとも説明しており、今後、J-PARCの加速器やニュートリノビームラインの性能向上によるニュートリノビームの強度増強をはかり、J-PARC内に置かれた前置検出器の性能を向上して生成されたニュートリノの性質をより精度よく理解することで、さらに高い信頼度でのCP対称性の破れの検証を行なう予定だとしている。
また、併せてJ-PARCのさらなる性能向上の可能性を考慮して、当初の実験提案の2.5倍のデータ(これまで取得したデータの約9倍)を収集する計画も立てているとのことで、これにより、ニュートリノにおけるCP対称性の破れは確率99.7%の信頼度で検証することが可能になる見込みだとのことで、今後、数年程度のタイムスケジュールでニュートリノ振動の新たな知見が得られることが期待されるようになるとコメントしている。