アスクルが運営する個人向け通販サイト「LOHACO」のお客様サポートページで、ユーザーの問合せに答えてくれるチャットボットのキャラクター「マナミさん」がひそかに進化している。正しい回答を返してくれる確率が向上したのはもちろん、正答を見付けられない場合でも、あてずっぽうな回答を返すのではなく、いくつかの候補を列挙して「この中に問合せの内容はありますか」と返してくるなど、より人間らしいコミュニケーションができるのだ。進化のカギはAIエンジン「IBM Watson」(以下、Watson)の採用にある。
「LOHACOは“くらしをかるくする”というコンセプトのもと4年前から始まった個人向けサービスで、忙しい女性を応援する、毎日を楽しくする、といったサイトの特色が多くの人に支持されるにつれ、お客様からの問合せも増加してきました。当初のお客様サポートはメールでの対応、その後はオペレータによる電話応対も取り入れてサービスの拡充を図ってきましたが、電話やメールをするほどではないけれど、ちょっとした疑問を解決したいというお客様のニーズが多いことに気付きました」と語るのは、同社カスタマーサービス&エンゲージメントの小宮りか氏である。
「一般的なWebサイトに見られるQ&Aコーナーは、お客様自身で解決策を見つけてもらうものですが、“お客様の良き隣人になろう”というLOHACOの理念にはそぐわないと考え、「マナミさん」というキャラクターを使ったチャットボットを提供することにしました。無機質なQ&Aコーナーに比べて、お客様に親しみやすさを感じてもらいつつ、ちょっとした疑問を手軽に自己解決できる利便性を提供できると考えました」(小宮氏)
当初のチャットボットは従来型の会話生成システムを使い200パターンの代表的なQ&Aを用意してサービスインした。その後は定期的にチャット内容のログを精査して順次Q&Aのバリエーションを追加していったのだが、回答の精度を高めるチューニングに多くの時間が取られる課題があったという。開発を担当したりらいあコミュニケーションズの大野木 達也氏は「初期のシステムは人間が目視でログデータを調べ、質問と回答の正しい組み合わせを判断していましたが、AIを備えるWatsonを導入したことで、ある程度の判断をWatsonに任せることが可能になり、チューニング作業は大幅に効率化されました」と語る。
一般的な会話生成システムは、自然言語処理の知識を持ったエンジニアがユーザーの入力した質問を分析し、専用ツールで正しい回答を結びつける処理を行うが、Watsonは「NLC(Natural Language Classifier)」という自然言語を理解し分類するAIが搭載されており、ログデータをもとに学習データを作成することで正答の候補となる回答を提示してくれる。チューニング担当者はWebアプリの画面上から結び付けたい回答を選ぶだけでよくなった。自然言語処理の知識を持たない者でもチューニング可能になったことで、より業務領域に精通した者に作業を担当させられる。ユーザーの求めていることや自社のサービスに精通した担当者が直接チューニングすることで効率よく回答精度を向上できる。
しかし、いくらAIが機械学習を積んだところでユーザーの質問にすべて正答を返せるわけではない。正答を得るのに十分な情報を含んでいない質問や意味を取りにくい曖昧な質問もあるだろう。そこを補うのがWatsonの「Retrieve and Rank」という検索エンジンに機械学習を組み合わせた機能だ。これはログデータを学習することで質問と回答の関連性をランク付けするもので、正答を1つに絞り込めないような質問が寄せられた場合、「Retrieve and Rank」によってユーザーの求めている可能性の高い質問をユーザーに列挙して「この中に聞きたい内容はありますか」と返すことが可能になった。
「AIを導入することでマナミさんの正答率は向上していますが、ここで満足するつもりはありません。現時点のマナミさんは、例えば配送日の変更について、どこへどのように問い合わせたらよいかといった解決方法を示すだけで、実際の配送日変更はオペレータに依頼する必要がありますが、今後は顧客データや購買履歴を管理する基幹システムと連携させ、マナミさんだけでオペレーションを完結できるようにしたいです。Watsonを導入した理由のひとつに、こうした機能拡張やシステム連携の容易さもありました」(小宮氏)
現在は「お客様サポート」のチャットボットに限定した利用にとどまるが、今後はLOHACOの広範なサービス領域にAIを導入すべく、アスクルとりらいあコミュニケーションズの間で検討が進められているという。なかでも期待が寄せられているのはAIによるレコメンド機能だ。
「お客様が購入ページに進まれた時点で、その方の過去の購買履歴を検索し、毎回お米を購入されており、そろそろ購入時期だろうとAIが判断して『お米が切れていませんか』と気づきを与えるようなサービスを実現したいと考えています。また、単なる質問と回答に限定されない人間同士のような会話についても強化しています。例えば、お客様が『マナミさん、~』と入力すると、『はーい!マナミです。名前を覚えていただけて嬉しいです!』と答えます。チャットボットからオペレータへお客様を誘導する際にも、よりパーソナルな関係を築けていればお客様の印象は違ってきますから、こうした人間らしい振る舞いをどんどん学習させています」(小宮氏)
今後はチャットボットだけでなく、Watsonの音声認識/音声合成を使った会話サービスなども検討項目に入れているようだ。従来から顧客サポート分野へのICT技術導入は活発だったが、性能向上のために多大なチューニングコストが発生する課題を長らく抱えていた。これを解消する切り札としてAIの導入が進み一定の成果を生んでいるが、アスクルは一歩先を見据えて「人間らしさ」や「親しみやすさ」という側面からもAIの活用を進めている点が注目できる。