京都銀行とPR TIMESが6月に開催した、地元中小企業を対象とした広報・PRセミナー。京都の地元老舗企業の担当者が数多く集まり、広報・PRの基本的なノウハウについて学んだほか、創業260年という伝統的なビジネスの中から新しい事業を生み出し、情報発信を積極的に行うことで全国的な知名度を獲得した絵具商の上羽絵惣の事例から、情報発信の重要性を学んだ。
セミナーの模様を中心に紹介した前編に続き、後編では情報の多様化、商圏のボーダーレス化・グローバル化が進む現在における情報発信の意義についてまとめる。
情報の多様化、ビジネスのボーダーレス化に取り残されるな
メディアの多様化・グローバル化が進む中、こうした伝統的な文化を継承するモノづくりにとって、情報発信を意識していくということに対する意識は決して高いとは言えない状況があった。なぜなら、伝統文化は地域にとっては観光資源であり、人気観光都市であれば情報発信を積極的にしなくても商売が成り立っていたからだ。
しかし、インターネットを中心とするメディアの多様化による情報流通量の爆発的な増加とそれに伴う人々の価値観の多様化、そしてビジネスのボーダーレス化・グローバル化は、京都が数百年に渡って培ってきた伝統的なモノづくりに「受け身」の姿勢を許さなくなったといっても過言ではない。昨今の観光都市は、インバウンドによる大きな経済効果が期待されているが、たとえ“売り手市場”とも言える状況であっても、老舗の看板に“慢心”して国内外への情報発信が適切に行われなければ、そのオポチュニティを逃してしまう恐れがある。
ただ、「胡粉ネイル」という新しいビジネスを創出して情報発信を積極的に行うことで、活路を見出した上羽絵惣の取締役である石田結実氏の話から感じるのは、260年という同社の伝統に対する“慢心”は一切ないということだ。石田氏は次のように語っている。
「260年の伝統があっても、潰れる企業は潰れる。顧客は決して優しくないし、要らないものは買ってはくれない。歴史があるからといって慢心していては、今ごろ上羽絵惣は破綻していたかもしれない。慢心するのではなく、その歴史を将来のためにどのように活かしていくかを考えなければ、老舗企業は消えていくのではないか」(石田氏)
こうした姿勢は、老舗企業でなくとも地元の強みを活かして狭い商圏でビジネスを続けてきた地方企業が、これからの時代に持つべき意識なのかもしれない。
そもそも、今回のセミナーの背景にあるものはこうした地方企業の現状に対する危機感の表れであり、インターネットを活用した情報発信に対する意識を啓発するものである。主催したPR TIMESの山口拓己氏は「生活者は、地域を超えて世の中の様々な情報を知りたい、自分たちの地元にはないコンテンツを発見したいというニーズを強く持っている。インターネットが生み出したボーダーレスな世界があるからこそ、地域性という強みを活かした魅力的なコンテンツをどんどん世の中に発信してほしい」と語っている。
“地方からダイレクトに世界へ”という選択肢が持つ可能性
また「地方から世界へ」という観点では、昨年にはイーベイ・ジャパンが京都市、京都商工会議所、中小企業基盤整備機構と連携して海外への情報発信、越境ECの取り組みを強化。eBay.comに「Born in Kyoto Collections」という特設サイトを展開して、海外のユーザーが京都の伝統工芸、伝統産業について知ったり、商品を手軽に購入したりできる環境を整備している。
イーベイ・ジャパンのビジネス開発部長である岡田朋子氏によると、このサイトには京都の伝統産業や老舗企業約30社強が参画し、伝統工芸品、伝統工芸を活かした高級商品などを中心にこれまで約700点の商品を取り扱っており、順調に売り上げを伸ばしているという。岡田氏は、「昨年8月以降、絶えることなく国内の事業者などから問合せや期待の声を頂いており、注目の高さを実感している。この期待に応えられるよう、様々な試行錯誤をしながら日本の事業者に向けた販売機会拡大を進めていきたい」とコメント。今後は取扱商品を日用品などにも拡大していく予定だという。
一方で、現在は“日本らしさ”をわかりやすく表現している伝統工芸に注目が集まっている点を挙げた上で、岡田氏は「伝統工芸は、新たなビジネスを生み出すために、伝統的なエッセンスを取り入れた“いまの商品”を作ろうと挑戦している。それを海外に向けていかにわかりやすく情報発信していくかが、今後のチャレンジになるのではないか。作り手やeBayがどのように商品の良さを情報発信していくべきかを考えると同時に、商品を購入する海外の人々が私たちにどのような情報を求めているのかにも、アンテナを張る必要があるだろう」と、情報発信の重要性を指摘している。
岡田氏によると、「Born in Kyoto Collections」のような試みは、伝統工芸の市場縮小という課題を抱えるヨーロッパの国などでも行われているのだという。しかし、その効果はすぐに出るものではなく、中長期的な情報発信・マーケティングが求められるという。
「海外に向けて情報発信をして、すぐに驚くような効果が出るわけではない。商品を知ってもらい、商品の良さを理解してもらい、そして手に取ってもらうためには、継続的な試みが必要だ。日本の事業者にはまず一歩を踏み出してほしいし、私たちもそのハードルが下がるよう努力していきたい」(岡田氏)
デジタルマーケティングの最大の利点は、ボーダーレスだということだ。大都市部では知名度が低い地方都市であっても、ダイレクトに日本全国や海外に向けて情報発信や販路形成を行うことで認知・興味関心を獲得すれば、地元を中心に商圏を築いてきたこれまでとは全く異なる次元のビジネスの創出が期待できる。そしてもちろん、それは短期的な効果を期待できるものではなく、継続的な情報発信による中長期的なマーケティング戦略を考えなければならない。「自分たちの顧客はどこにいるのか」「顧客は何を求めているのか」という視点に立ってマーケティング戦略を考え、適切な情報発信をしていくことが重要である。
京都は、これまで世界から“行きたい観光地”の第1位に選ばれるほど人気の国際観光都市として地域振興の象徴のように見られてきた。しかしながら、その京都でさえ多様化する社会の中で情報発信を積極的に行わなければ生き残れないという危機感を抱えている。この危機感は、地方経済共通の課題だと言えるのではないだろうか。自社の強み=事業の軸は何かをもう一度見直し、自分たちのモノづくりに込めたストーリーを紡ぎ出し、そしてそれをわかりやすく情報発信する。地方企業がこうしたマーケティング・プロモーションの基本を実践していけば、地方企業であることや老舗企業であることを唯一無二の“強み”に変えるビジネス創出の機会が待っているに違いない。