東京大学は、同大学大学院総合文化研究科の中岡秀憲特任助教、若本祐一准教授の研究グループが、マイクロ流体デバイスを用いて分裂酵母の長期生細胞イメージングを実現し、細胞老化が起きない細胞系列があることを示すとともに、老化しない細胞系列であっても細胞死は確率的に生じることを確認し、成長率の高い環境においては死亡率も高いという相関関係があることを明らかしたと発表した。この成果は6月20日、米国のオンライン科学誌「PLOS Biology」オンライン版に掲載された。

マイクロ流体デバイスに導入された分裂酵母細胞および細胞質内部の蛋白質凝集体の様子(出所:ニュースリリース※PDF)

「成長・分裂」および「死」はあらゆる細胞に共通している根源的な性質である。ストレス条件下での細胞成長抑制あるいは細胞死が起きるメカニズムはよく研究されているが、非ストレス環境での成長と死の関係性についてはあまり議論されていない。これは、非ストレス環境での死亡率が非常に低く、定量が難しいことが挙げられる。

研究グループは、分裂酵母を対象として、微細加工された樹脂で作られた極小の細胞培養装置(マイクロ流体デバイス)の中で、1,000以上の多数の独立した細胞系列を長期間にわたって顕微鏡観察できる実験系を構築した。

その結果、ある特定の細胞系列においては非ストレス環境における細胞の成長率と死亡率が変わらず一定であり、老化現象が見られないことがわかった。また、従来細胞老化のマーカーと考えられてきた蛋白質凝集体が細胞成長や死亡に直接影響を与えるものではないことを示した。

さらに研究グループは、成長率と死亡率の間にはシンプルな正の相関(すなわち、生と死のトレードオフ)があることも発見した。同法則は、安定して持続的に成長する細胞の生理状態にはある種の拘束条件があることを示している。逆にこの法則からずれるような場合には、その環境では細胞がストレスを感じているか、あるいは定常的成長状態にないことを表している可能性がある。

この研究により、さまざまな環境における細胞生理状態を、成長と死のバランスという新しい観点でとらえることが可能になった。また、細胞死に至る直前には、蛋白質凝集の加速のような細胞状態の急速かつ大きな変化が起きていることが明らかになった。

今後、成長と死のバランスという新たな観点が、一見複雑な細胞の生理状態をシンプルに記述する方法を提供することが期待されるということだ。