東芝が6月21日に開催した取締役会にて、産業革新機構やベインキャピタルを中心とする「日米連合(実質は、韓国のメモリ大手SK Hynixの融資も含まれているため日米韓連合)」に東芝メモリの売却に係る優先交渉権を与えることを決めたが、この動きに対し、市場動向調査企業である台湾TrendForceの半導体メモリ調査部門DRAMeXchangeは同日、「今回の発表により、短期的にはNAND市場が2017年第4四半期には供給不足から均衡に転じ始める可能性が出てきた。長期的には、買収側よる経済的支援と需要喚起で、東芝メモリがNANDの生産能力と関連技術の両面でSamsung Electronicsに対する競争力を強化する助けになる」との見解を発表した。
DRAMeXchangeのシニア調査マネージャーであるAlan Chen氏は、「東芝とWestern Digitalの共同運営連合は、現在、世界のNAND型フラッシュメモリ生産能力の34.7%を占めており、トップ企業であるSamsungの36.6%に肉薄している」と語っている。
他社よりはるかに低い東芝の3D-NAND生産比率
「東芝・Western Digital連合の旗艦工場である四日市工場におけるNAND生産能力はSamsungとほぼ同程度だが、3D-NANDだけに限れば、Samsungのほうがはるかに大きい」とChen氏は話す。現在(2017年第2四半期)の東芝・Western Digital連合の3D-NAND生産能力は、同連合の全NAND生産能力の10~15%しかないが、最大の競争相手であるSamsungは、全NAND生産能力の4割以上を3D-NANDで占める状況となっている。また、この3社を追うNAND市場に向けた戦略的パートナーシップを締結しているMicron Technology・Intel連合は、2016年後半から3D-NANDの生産を拡大する努力を継続しており、こちらもやはり3D-NAND生産能力は、NAND生産能力全体の約40%を占めるまでに拡大させてきている。
他社の動きに追随するように、東芝・Western Digital連合も今年の初めから、3D-NANDの生産比率を高める努力を進めてきてはいるが、東芝のメモリ事業は、東芝本体の財政難によって引き起こされた不確実性のため、計画を完全に実行することができなかったと見られる。
また、Chen氏は「短期的には、東芝によるメモリビジネス売却のタイミングが2017年第4四半期の需給状況に影響を及ぼすだろう」との見解も述べている。東芝の発表によると、東芝メモリ売却先の合意は今年6月末に確定する予定だ。もし、このスケジュール通りに進めば、3D-NANDの比率を2017年中に高めていくことが可能となるが、この発表はあくまで東芝とWestern Digitalとの対立の解消が前提になっているもので、実際にはWestern Digitalが激しく反対していることから、6月末までに解決する保証はない。すでにWestern Digitalは国際仲裁裁判所および米カリフォルニア州上級裁判所に提訴しており、東芝の発表内容そのものが白紙に戻る可能性も十分ありうる。もちろん、6月末の東芝の株主総会に向けて水面下でWestern Digitalの説得が続けられていることは想像できるが、Chen氏の見解も、すべて東芝とWestern Digitalとの和解を前提としたものとなっており、もし日米間連合を選ぶことができれば、3D-NANDの比率が高まり、2017年第4四半期にはNANDの供給不足は解消され、高騰が続くNANDの価格も、それまでに緩やかになったり、減少に転じる可能性があるとしている。
SK Hynixの影響はどの程度あるのか?
東芝メモリが東芝から売却された後、財政上の圧力や利益の上納、他のグループの赤字補てんについて心配することなく、独自の投資計画を策定することができるようになる。財政上の独立性を有することで、自社の技術と製造能力への投資に集中することができるようになるためだ。
今回、優先交渉権を与えられたメンバーには、産業革新機構、日本政策投資銀行、米ベインキャピタルが東芝の発表文には記載されているが、実際にはSK Hynixや日本の金融機関も含まれているという。Chen氏は、産業革新機構の関与は、東芝のメモリ事業の売却が日本の国家戦略上の関心事となっていることを示すものだとし、もし、同連合が買収に成功すれば、それ以降は主に政府の意向を忖度する財政支援者として行動することになり、おそらく新会社のトップレベルのマネジメントとメモリ事業の基本的運営方針は変更せず、しばらく現状を維持するのではないかとの見立てを述べている。
また、SK Hynixが融資元に名前を連ねているが、新メモリ会社の事業運営に直接的な影響を与えることはないのではないかととの見解を示す。ただし、出資者であるからには、新メモリ会社の財務情報と事業計画に容易にアクセスできるようになるほか、後々には技術分野などを中心に事業協力が為される可能性があるとする。とはいえ、すでに東芝とSK HynixはSTT-MRAMの共同開発を進めており、半導体の国際学会であるIEDMやISSCCでの発表も行っているし、ナノインプリントリソグラフィ技術での協業もしており、実際問題としてどの程度のインパクトになるのかは疑問が残るところである。
なお、Chen氏は、「東芝から優先交渉権を得た日米韓連合は、日本政府の承認を得るだけでなく、他国の規制当局による反トラスト審査をパスする必要がある」としているが、もし、この取引が上手く進めば、新会社の研究開発および生産計画にも大きく貢献するとの見通しは崩していないほか、フォローアップの進展次第では、最終的にNAND市場の競争環境を変え、Samsungとの主要競争相手になる可能性があるともしている。
すべては東芝とWestern Digitalの対立解消が前提条件
ここまでChen氏の見方を中心としてきたが、最後に筆者の見解を含めた補足をしておきたい。というのも、Chen氏の話は、東芝とWestern Digitalの間で現在生じている対立の解消を前提としている。というよりは、むしろ、東芝・Western Digitalのメモリ合弁事業におけるWestern Digitalの持ち分はそのままで、東芝の持ち分だけ、日米韓連合に置き換え、今後はWestern Digitalと日米韓連合の共同運営となるとの前提で未来を語っているように見える。
事実、TrendForceのリリース文には、「(Western Digitalはそのままに)東芝から切り出された事業体(the spun-off entity)」という言葉が使われている。現状維持という観点からは、このような事業体になるのが理想的だし、雇用や技術が温存され、資金を獲得でき、Chen氏の指摘したような短期・長期な見通しも立てやすいためだろう。
なお、同じく同リリース文では「日米コンソーシアム(U.S.-Japan Consortium)」という言葉が使われており、Chen氏も「SK Hynixは(新会社に投資はせず、資金を融資するだけの立場であるため)直接的には新会社の運営に影響を与えない」との前提に立っている。しかし、実際は、その後の説明のとおり、さまざまな情報へアクセスするための障壁は低くなり、協力関係への道も開きやすくなることは確かだろう。既報のとおり、Western Digitalは今回の決定に反対を表明しており、実際にそれを行動で示している。このまま東芝の描いた図面どおりに話が進むのか、鍵を握るWestern Digitalの動向に注目する必要があるだろう。