東京大学大学院農学生命科学研究科の藤原徹教授、中央大学理工学部の西田翔助教、横浜市立大学木原生物学研究所の筧雄介助教、嶋田幸久助教らの研究グループは、次世代シーケンサーを用いたRNA-Seq解析と情報学的解析により、モデル植物であるシロイヌナズナの根において、低栄養に応答してエキソンの組み合わせ構造が変化する遺伝子を多数同定することに成功した。また、それらの遺伝子群の中には、根の伸長制御やストレス耐性に必要な遺伝子が含まれており、さらにそれらがコードするタンパク質の構造が栄養条件で変化することも予測された。

植物は土壌から栄養素を吸収して生長するが、過剰な吸収はかえって生長を阻害する。このため植物は、生育する環境の栄養状態に応じて、栄養の吸収量や根の伸長量などさまざまな生理応答を調節しながらその場の環境に適応する。これまでに、植物の栄養環境適応に関わるさまざまな遺伝子が発見されており、栄養環境に応じてそれらの遺伝子の転写量を変化させることで、生理応答が調節されることが知られていた。

一方、動物においては、遺伝子の転写産物であるmRNAの構造変化がいくつかの生理応答を制御することが知られている。真核生物のDNAには、「エキソン」と呼ばれる塩基配列と、mRNAの合成途中で取り除かれる「イントロン」と呼ばれる塩基配列がある。このイントロンの切り取られ方の違い(選択的スプライシング)や転写が開始される場所の違い(選択的転写開始)により、1つの遺伝子からエキソンの組み合わせが異なる複数のmRNA(ここではアイソフォームと呼ぶ)が合成されることがある。そして、このアイソフォームが異なる機能を持つことで、同じ遺伝子からできたmRNAでも、条件に応じて異なる役割を担うことが知られていた。

このmRNAにおけるエキソンの組み合わせ制御は、遺伝子の転写「後」制御として古くから知られていたが、植物の栄養環境適応への関与についてはこれまで明らかにされていなかった。

本研究は、エキソンの組み合わせ制御を介した植物の新しい栄養環境応答機構が存在することを示唆しており、今回同定された遺伝子の機能や構造変化の意義を明らかにしていくことで、植物の環境体制を強化する新たな方策に結びつくと考えられている。

モデル植物であるシロイヌナズナを、12種類の栄養元素(N、K、Ca、Mg、P、S、B、Fe、Mn、Zn、Cu、Mo)をそれぞれ欠如した培養液、および通常の培養液で4日間栽培した後に、根よりRNAを抽出し、次世代シーケンサーを用いたRNA-Seqデータを情報学的な処理を行うことで、栄養欠乏処理でアイソフォームの存在比が変化する遺伝子を選抜した。

実験に使用したシロイヌナズナ

栄養に応じてアイソフォームの存在比が変化

解析の結果、アイソフォームが検出された遺伝子が8,265個検出され、そのうち栄養欠乏処理によりアイソフォームの存在比が1.4倍以上、比較的大きく変動する遺伝子を643個同定することに成功した。これらの遺伝子の特長を調査したところ、ストレス耐性や代謝関連など、さまざまな機能を持つ遺伝子が含まれていることが明らかになった。また、エキソンの組み合わせ構造が変化した遺伝子が持つ機能的な特長は、栄養欠乏に応答して転写量が変化した遺伝子が持つ機能的特長とは明らかに異なっていたという。このことから、エキソンの組み合わせ構造が変化する遺伝子は、転写量が制御される既知の栄養関連遺伝子とは異なる役割を持つことが推測される。

アイソフォームを持つ遺伝子、および栄養に応じてアイソフォームの存在比が変化した遺伝子の割合

さらに同研究グループは、カリウム欠乏に特異的に応答してエキソンの組み合わせ構造が変化する遺伝子「MYB59」に着目した。MYB59は、他の遺伝子の転写量を制御する転写因子とういタンパク質をコードする遺伝子で、根の伸長量を調節する役割があることが知られていた。MYB59のmRNAから翻訳されるタンパク質の構造を予測したところ、転写因子としての機能に必須なDNA結合領域の数が異なるタンパク質が各アイソフォームから翻訳されることが予想され、これらのタンパク質の存在比がカリウム欠乏に応答して変動することが推測された。このことは、MYB59におけるエキソンの構造変化がカリウム欠乏化における根の伸長の調節に関与していることを示唆している。

本研究は、さまざまな栄養欠乏化においてmRNAの構造を網羅的に解析した初めての成果だ。得られた解析データは、掲載雑誌のウェブサイトから入手可能であるほか、研究グループが独自に管理するウェブサイトから確認することができる。これらの情報を基に、同定された遺伝子の機能や、エキソンの構造変化の生理学的意義を明らかにしていくことで、エキソンの組み合わせ制御を介した新しい植物の無機栄養応答機構が明らかになることが期待される。

本研究は、日本学術振興会の特別研究員奨励費(課題番号13J08293、西田翔)、若手研究(B)(課題番号16K18667、代表:西田翔)、基盤研究(S)(課題番号25221202、代表:藤原徹)の支援を受けて行われた。