海洋研究開発機構(JAMSTEC)は、同機構地震津波海域観測研究開発センターの荒木英一郎主任技術研究員、ペンシルバニア州立大学のDemian M. Saffer教授、東京大学大学院理学系研究科の井出哲教授らの研究グループが、南海トラフ巨大地震の発生が想定されている震源域の海溝軸近傍において、何度も繰り返し「ゆっくり滑り」が発生していることを明らかにしたと発表した。この成果は6月16日、米科学誌「Science」に掲載された。

観測された「ゆっくり滑り」3例(出所:JAMSTEC Webサイト)

近年、大きな揺れを伴う通常の地震とは性質の異なる「ゆっくり地震」の発生が知られるようになってきた。海洋プレートが沈み込むプレート境界でしばしば観測されており、プレート境界近傍の断層運動と深い関係があると考えられているが、プレート境界の先端部(海溝軸付近)などにおいては、近傍での高感度な観測が困難なためその実態はよくわかっていなかった。

また、紀伊半島沖の南海トラフ域では、これまでに巨大地震が繰り返し発生したことが推定されており、特に1944年の東南海地震の震源域の沖合では「超低周波地震」、「低周波微動」が報告されており、想定される巨大地震の震源域より沖合のプレート境界で「ゆっくり滑り」も起こっている可能性が指摘されていた。

国際深海科学掘削計画(以下、IODP)による海底下深部からの試料採取や高精度地震探査などによって、詳細に地下構造が研究されるようになり、プレート沈み込み帯での「ゆっくり地震」の発生様式の解明が進められている。この「ゆっくり地震」の理解は、プレート境界での巨大地震発生メカニズムの理解へと続くものであり、基本的なプレート境界断層の振る舞いを物理過程として捉えられると考えられる。

JAMSTECは、こうした東南海地震の震源域周辺の活動状況を把握すべく、地震・津波観測監視システム(以下、DONET)を開発し、紀伊半島沖に2010年から設置展開を開始、2011年には長期運用を開始している。また、JAMSTECをはじめとする国際共同研究チームは、IODPの「南海トラフ地震発生帯掘削計画」において、紀伊半島沖で地球深部探査船「ちきゅう」による掘削を行い、これまでに地震・地殻変動等を計測できる長期孔内観測装置を構築する取り組みを進めてきた。

今回、研究チームは、1944年の東南海地震の震源域(熊野灘沖)およびその沖合の2か所の掘削孔内での間隙水圧等の連続観測データや、南海トラフ周辺の深海底に設置したDONETから得られた海底地震計データを、2011年~2016年の6年間について解析した。

孔内観測によって検出された2011年~2016年の8例のゆっくり滑りの規模および発生地域のまとめ(出所:JAMSTEC Webサイト)

その結果、観測された「ゆっくり滑り」は、8~15か月間隔で繰り返しており、時に地震によって誘発されたり、低周波微動を伴って活動したりしていることがわかった。これによって解放されるひずみは、海洋プレートの沈み込みによって発生するひずみの30~55%に相当することから、海溝軸近くでは「ゆっくり滑り」によって頻繁に蓄積されたひずみを解放することが、海底および海底下での高感度かつ連続的な観測データに基づいた解析によって明らかにされた。

この成果は、最新の海底測地観測の結果と合わせると、「ゆっくり滑り」が地震発生帯固着域で進行している歪エネルギー蓄積のプロセスと深い関係があることを示唆しており、JAMSTECでは今後、一層の観測強化が求められると説明している。