インド宇宙研究機関(ISRO)は6月5日(日本時間)、新型の大型ロケット「GSLV Mk-III」の打ち上げに成功、搭載していた通信衛星「GSAT-19」を軌道に投入した。
GSLV Mk-IIIは2年半前にも試験機が打ち上げられているが、このときは機体の一部がダミー(実物大模型)で、実際に人工衛星の打ち上げを目指した打ち上げは今回が初めてだった。
この打ち上げ成功により、インドはこれまでで最大の、そして他国の大型ロケットとも肩を並べる、4トン級の静止衛星を打ち上げられる能力をもったロケットを手に入れた。「1頭のゾウだって宇宙に飛ばせる」ー。インドのあるメディアはそんな印象的な言葉で、この偉業を讃えた。
このGSLV Mk-IIIの誕生は、インドの宇宙開発における自立性の維持、向上という意味とともに、静止衛星の商業打ち上げ市場への参入や、さらに有人飛行の実現といった未来に向けた、大きな意味をもっている。
ゾウ1頭分の打ち上げ能力をもつロケット
GSLV Mk-IIIは、日本時間6月5日20時58分(インド標準時同日17時28分)、同国南部のシュリーハリコータにあるサティシュ・ダワン宇宙センターの第2発射台を離昇した。
ロケットは順調に飛行し、打ち上げから約16分20秒後にGSAT-19を分離。所定の軌道に投入した。
GSLV Mk-IIIはISROが開発したロケットで、今回が2回目の飛行だった。最初に打ち上げられたのは2014年12月のことだが、このときはまだ第3段の開発が終わっていなかったため、実機と同じ質量のダミーを搭載していた。そのため人工衛星を軌道に投入できるだけの能力はなく、第1段、第2段などが設計どおり動くかどうかを確かめるのが目的だった(この試験打ち上げについては拙稿『市場のダークホースとなるか!? - インドの新型ロケット「GSLV Mk-III」』を参照されたい)。
したがって、機体のすべてが完成した実機を、なおかつ人工衛星の軌道投入を目的として打ち上げたのは今回が初めてだった。
GSLV Mk-IIIは、地球低軌道に8トン、静止トランスファー軌道に4トンの打ち上げ能力をもつ。静止トランスファー軌道に4トンというのは、地球上で最大の陸上動物であるインドゾウ1頭分とほぼ同じくらいであり、そのことからインドのメディアでは、「ゾウ1頭分を宇宙(正確には静止トランスファー軌道)に飛ばせる能力」などとも呼ばれる。
ちなみに現在インドの主力ロケットのひとつとして運用中の「GSLV Mk-II」は、地球低軌道に5トン、静止トランスファー軌道に2.5トンなので、その進化の度合いは一目瞭然である。
また、世界の他のロケットと比べると、静止トランスファー軌道に4トンという性能は、米国のアトラスVやデルタIVの基本形態や、日本のH-IIA 202(標準)型、中国の長征三号丙などと等しい。もちろん世界にはより大きな打ち上げ能力をもつロケットもあるが、とにもかくにもインドのロケットは、世界標準の能力に追いついたといえる。
それは逆にいえば、これまでインドのロケットの打ち上げ能力は他国よりも低く、宇宙活動における足かせにもなっていた。たとえばインドは自国向けの通信衛星も自前で開発、製造しているが、それらは3トン以上あり、GSLV MK-IIでは打ち上げられないため、欧州などのロケットを頼るしかなかった。
しかしGSLV Mk-IIIが完成すれば、自分たちの手でそうした衛星を打ち上げることができるようになるばかりか、そして他国の企業などから、打ち上げの受注を取ることさえも可能になる。
空中点火される"第1段っぽい第2段"
GSLV Mk-IIIは、その仕組みも非常に興味深い。
ロケットは外見は、液体のコア・ステージを中心に、その両脇に固体ロケット・ブースターを装着した、日本のH-IIAや欧州のアリアン5などに似たロケットのようにも見える。
しかし実態は大きく異なり、この両脇の固体ロケットはブースターではなく第1段であり、離昇時はこの両脇の固体ロケットだけで飛んでいく。そして打ち上げから約2分後にコア・ステージのエンジンに空中点火し、20秒ほど並行して燃焼が続いたあと、固体ロケットは燃焼を終え、分離される。
つまり第1段のように見えるコア・ステージは、実際には第2段であり、言葉を変えれば通常のロケットの第1段を2つに分け、第2段の両脇に装着したような形態をしている。この第2段には、GSLV Mk-IIや、極軌道への打ち上げに特化したもうひとつのロケット「PSLV」にも使われている「ヴィカス」というエンジンを2つ束ねた(クラスター化した)ものが装備されている。
こうした形態のロケットは、過去に米国に「タイタンIII」というロケットがあったくらいで、あまり採用例はない。第1段の上に第2段を載せる標準的なロケットと比べて、同じ性能ながら全長を短くできるので、ロケット組み立てや運用、衛星の搭載や点検などが楽になるという長所がある。複数の分離機構をつけたり、第2段を空中で点火させなければならないといった短所はあるものの、それは他のロケットでも前者はブースターで、後者も第2段や第3段でやっていることであり、それほど難しいものではない。
苦難の末に生まれた第3段
この"第1段っぽい第2段"の上には、さらに"第2段っぽい第3段"が搭載される。この第3段には液体酸素と液体水素を推進剤に使う高性能なエンジン「CE-20」が搭載されている。
このCE-20の開発は、GSLV Mk-IIIの開発にとって最大の難所となった。もちろん大型の固体ロケットも、液体エンジンのクラスター化も大きな挑戦だっただろうが、いずれもこれまでに似た技術の開発、運用の実績がある。
しかし液体酸素と液体水素を使うエンジンは、そもそも技術的に難しい上に、インドにとっては比較的最近になってから開発し始めた技術であり、まだ未熟なところがあった。
インドはGSLVの初期型(Mk-I)で、初めて液体酸素と液体水素のエンジンを採用した。ただ、このとき使われたのはロシアから輸入した「KVD-1M」というエンジンであり、インド製ではなかった。ちなみにKVD-1は、かつてソ連が1960年代に開発した「RD-56」というエンジンが基になっており、さらにRD-56は、ソ連の月ロケット「N-1」の上段に使われるはずだった。その後、ロシアがRD-56の設計を基にKVD-1Mとして開発し直し、インドに渡ったという数奇な運命をたどっている。
インドは当初、このKVD-1Mをいずれはインド国内で生産できるようにと考えており、ロシアもそれに同意し、技術移転が行われることが固まっていた。だが、米国がミサイル技術管理レジーム(MTCR)に違反すると指摘したことから破綻し、インドは自力で開発せざるを得なくなった。
しかし、十分なノウハウのないインドにとって、その開発は困難を極めた。そもそも液体水素は扱いが難しく、ロシアから輸入したKVD-1Mを使いこなすだけでも苦労した。GSLV Mk-Iは2001年から2010年までに6機が打ち上げられ、そのうち4機が失敗しており、さらにそのうち2機がKVD-1Mが絡んだ失敗だった。
そんな中でもエンジンの自力開発を続け、やがて「CE-7.5」という、インド版KVD-1Mのようなエンジンが完成した。推力などの性能はKVD-1Mとほぼ同じだが、効率はやや落ちている。そしてCE-7.5を組み込んだGSLV Mk-IIが開発され、2010年に初めての打ち上げが行われたものの、まさにこのCE-7.5が故障し、失敗に終わっている。
しかし、2014年に改良したCE-7.5を搭載したGSLV Mk-IIが登場してからは、これまでに4機連続での成功を続けており、徐々に信頼性を獲得しつつある。
そのCE-7.5を経て開発されたCE-20は、同じ液体酸素と液体水素を使うエンジンながら、エンジンのサイクル(動かす仕組み)が、二段燃焼サイクルからガス・ジェネレーター・サイクルへと変わっている。これにより効率ではやや劣るものの、より重い衛星を打ち上げるため、大幅なパワーアップに成功している。
CE-20とほぼ同じ仕組み、性能のエンジンは、米ソは1960年代に、欧州や日本、中国も1970~80年代に実用化しており、そのいくつかは改良されるなどして、現在でも使われ続けている。つまりインドは、打ち上げ能力だけでなく、液体酸素・液体水素エンジンの技術も、こうした国々に並んだといってもよいだろう。
もちろん、これから打ち上げ成功を続け、信頼性を確保していかねばならない。第2段の推進剤は有毒であり、その点では世界的に遅れを取っている。そうした乗り越えねばならないハードルはまだあるものの、とにもかくにも世界の第一線に匹敵するロケットを、インドが自力で造り上げたことの意義は大きい。