九州大学(九大)は6月7日、ヒトiPS細胞由来神経幹細胞を低酸素培養することで、従来と比較して短期間でアストロサイトへの分化を誘導できる方法を明らかにし、そのメカニズムを解明したと発表した。
同成果は、九州大学大学院医学研究院 中島欽一教授、同大学院医学系学府の博士課程 安井徹郎氏、慶應義塾大学医学部 岡野栄之教授らの研究グループによるもので、6月6日付けの米国科学誌「Stem Cell Reports」に掲載された。
アストロサイトはニューロンの機能を支持する役目を担っており、ニューロンへの栄養供給以外にも、近年では軸索伸展やシナプス可塑性の制御などを介して学習・記憶にも影響を与えることが明らかにされている。また、てんかん、ポリグルタミン病、筋萎縮性側索硬化症、アレキサンダー病、レット症候群などの多くの神経疾患の発症や病態に関与すると考えられている。
ヒトiPS細胞から作製された神経幹細胞にアストロサイトへの分化能を持たせるには、通常約200日程度の長期間培養が必要とされるが、そのメカニズムは不明となっていた。この異常に長い培養期間も理由のひとつとなり、ヒト神経疾患特異的アストロサイトの機能解析は、ニューロンなどの解析と比較してあまり進んでいない。
今回、同研究グループは、ヒトiPS細胞由来神経幹細胞に対して胎児脳内環境を模した低酸素条件下で分化誘導を行った。バイサルファイトシーケンス解析を実施した結果、転写を調節するアストロサイト特異的遺伝子のプロモーター領域が、遺伝子発現が抑制されないように脱メチル化され、通常酸素濃度に比べて、速やかにより多くのアストロサイトが産生されることを明らかにした。
低酸素濃度での分化培養では、低酸素誘導因子(HIF1α)および細胞間の情報伝達方法のひとつであるNotchシグナル関連因子の協調的な作用により、発生段階に沿ったヒト神経幹細胞の性質変化が誘導されるという。同研究グループはこのメカニズムを応用し、疾患モデルのひとつとしてレット症候群患者iPS細胞由来の神経幹細胞を低酸素下に培養することで、アストロサイトを短期間で得ることに成功。これまで知られていなかったMeCP2が欠失したレット症候群患者アストロサイトの新たな表現型も明らかにしている。
今回の手法ではヒトアストロサイトの機能解析を、非侵襲的かつ短期間で行えることから、同研究グループは、発達障害を含めた様々な精神・神経疾患の病態解明や新規治療法の開発へと波及することが考えられるとしている。