北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)は、同大学知識マネジメント領域の水本正晴准教授が、「ノーブ効果(Knobe effect)」に関して、言語的側面も大きく寄与していることを明らかにした。この成果は5月26日、オランダの哲学雑誌「Philosophical Studies」に掲載された。

「正しさ」の割合が「intentionally"」から「意図的に」、「わざと」へと徐々に減少し、「不自然」と「間違い」の割合が逆に増えていく(出所:JAIST Webサイト)

「ノーブ効果」は、2003年、哲学者J・ノーブ教授が初めて報告した、「誰かが意図的に何かを行ったのかどうかという判断が、その行為の帰結の道徳的善悪に強く影響を受ける」という現象のことで、これまで同効果はもっぱら心理学的な現象として研究されてきた。しかし今回、水本准教授の研究により、この効果に言語的側面も大きく寄与していることが明らかとなった。

ノーブ効果の有名な例として、以下のものがある。

ある会社の副社長が会長のところへ行き、「我々は新たなプロジェクトをスタートしようとしています。それは収益を増加させますが、環境に害を与えることにもなります。」会長は「環境に害を与えることなど知ったことじゃない。私はただ出来るだけ多くの利益を上げたいだけだ。その新しいプロジェクトを始めようじゃないか。」と回答。彼らは新しいプロジェクトを始め、当然ながら環境は害された。会長は意図的に環境に害を与えましたか?「はい・いいえ」

調査では、大多数の人(約80%)が「はい」と答えるが、文中の「環境に害を与える」を「環境を改善する」に置換し、実際に環境が改善されたとした場合、「会長は意図的に環境を改善したか」と問うと、今度は大多数の人が「いいえ」と答える。どちらも営利目的の活動の副次的な帰結だが、その道徳的評価の違いによって、意図的にそれをなしたかどうかの判断がまったく逆になるという効果だ。

この「ノーブ効果」に関して、認知科学の分野で研究が行われてきたが、この現象は心理学的なものであると前提され、言語的側面についてはほとんど注目されていなかった。しかし、ここで使われる「意図的に」は英語の「intentionally」の訳であり、日本人の日常言語では「わざと」という方が自然である。

そこで、言語的な側面のみの影響を抽出するため、前述したストーリーをすべて排除し、「彼は意図的に環境を害した」といった文だけを被験者に提示した上で、3つの副詞それぞれについて、その使い方が「正しく自然」、「正しいけど不自然」、「間違い」かを判断してもらった結果、「道徳的に良い行為の文」、「悪い行為の文」、「中立的な文」の判断はストーリーなしでも大きく異なることが判明し、3つの副詞の間にも、判断の程度に大きな違いがあることが明らかになった。

また、ノーブ効果の「環境を害した」、「環境を改善した」をそれぞれの副詞について比較すると、それぞれ道徳的善悪が大きな違いをもたらしているが、「正しさ」の割合が"intentionally" から「意図的に」、そして「わざと」へと徐々に減少するのに対し、「不自然」と「間違い」の割合は逆に増えていくことがわかったという。

このことから、ノーブ効果は、問われた出来事が副次的な帰結であるかどうかとはまったく独立に、言語使用の判断にすでに表れるものであり、しかも言語にどの程度道徳的善悪の判断が符号化され埋め込まれているかの程度は、言語によって異なることがわかる。

例えば、ノーブ効果が完全に言語的に符号化される言語があるとすれば、その話者にとってはノーブ効果は言語の使用規則にすぎないという。したがって、この研究により、今後のノーブ効果の研究が言語的な側面のデータなしでは成立しないことが明らかとなり、ノーブ効果研究のひとつの転換点になると予想されるということだ。

なお、この研究の延長として、意図を表す語以外の語へ、また英語と日本語以外の語へ、調査を拡張することで、将来思考と言語との関係の研究一般に対しても、分かりやすい一つの研究プログラムを提供することで、貢献することが期待されると説明している。