IBMチューリッヒ研究所は、シリコン上に集積した化合物半導体ナノワイヤによる接続デバイスにおいて、電子のバリスティック伝導を実証したと発表した。バリスティック伝導は、材料中を伝わる電子が散乱せずに、弾丸のように直線的に進む現象。この性質を利用すると、電子がもっている量子情報を損失なく伝送できるため、量子コンピュータを実用化する上で重要な部品になると期待されている。研究論文は、米国化学会発行のナノテク専門誌「Nano Letters」に掲載された。
今回の研究では、III-V族化合物半導体であるインジウム砒素(InAs)のナノワイヤをシリコン上に集積し、ナノワイヤを十字に交差させた接続デバイスを形成。このデバイスで、電子のバリスティック伝導を実証した。
通常の電気伝導では、電子が配線材料中の結晶構造にぶつかって散乱し、折れ曲がった経路をとりながら進んでいく。これに対してバリスティック伝導では、ナノワイヤの一端の電極から打ち出された電子が途中で散乱することなく弾丸のように直線的に進み、他方の端の電極に到達する。このため、電子のもつエネルギー、運動量、スピンといった量子情報を損失なく効率的に伝送することができる。
シリコン上に集積したナノワイヤによるバリスティック伝導は、光デバイスや超伝導デバイスと比較すると、拡張性に優れており、CMOSプロセスを用いた従来のエレクトロニクスとの親和性が高いという利点がある。超伝導部品と違って極低温にする必要もなく、室温環境で動作できるという長所もある。このため、量子コンピュータを実用化するための配線接続技術として有望視されている。
論文によると、十字に交差させた二方向のナノワイヤ接続において、バリスティック伝導の特徴であるコンダクタンス量子化を確認した。コンダクタンが量子化されるため、ゲート電圧の変化に対してコンダクタンスの変化が階段状の曲線を描くようになる。
デバイスの形成には、研究チームが最近開発したテンプレートアシスト選択エピタキシー(TASE: template-assisted selective epitaxy)と呼ばれる結晶成長技術を用いた。TASEは、欲しいデバイス形状をかたどった酸化物のテンプレートをリソグラフィー技術によって作製し、有機金属CVD法を用いてこのテンプレート内部を埋めるように結晶成長させる方法。ナノワイヤ、交差接合、その他さまざまな形状のナノ構造を形成することができる。
研究チームのJohannes Gooth氏は、量子コンピュータ部品に装着して実際に機能する接続デバイスを作製することを次の課題に挙げている。