理化学研究所(理研)は5月12日、食べ物が発するアデノシン三リン酸(ATP)へと魚が誘引される際に、鼻腔内の嗅細胞で機能する新しいアデノシン受容体「A2c」を発見したと発表した。
同成果は、理研脳科学総合研究センターシナプス分子機構研究チーム 吉原良浩チームリーダー、脇阪紀子客員研究員らの研究グループによるもので、5月11日付の米国科学誌「Current Biology」オンライン版に掲載された。
嗅覚系は、外界の匂い分子を受容し、その情報を鼻から脳へと伝えて、個体の生存や種の保存のために必要な行動の発現や生理的変化をもたらす神経システム。特に、食べ物の匂いへの誘引行動、危険な匂いからの逃避行動、フェロモンを介した性行動は、多くの生物に共通する3つの根源的な嗅覚行動である。
一方、魚類などの水棲生物においてATPは、水に溶けている場合、匂い分子としても機能すると考えられている。しかし、魚がどのようなメカニズムでATPを嗅いでいるのか、ATPに対してどのような応答を示すのかについてはこれまで明らかになっていなかった。
同研究グループは今回、ゼブラフィッシュを用いて、食べ物が発する匂い物質のなかで特にATPが低濃度で魚を誘引する作用を持つことを明らかにした。この魚が持つATPの匂いの認識方法について詳細に調べたところ、鼻腔内へ入ったATPが酵素反応によって速やかにアデノシンに分解され、アデノシン受容体A2cを発現する嗅細胞を活性化し、餌を探す行動を引き起こす嗅覚神経回路を駆動させることがわかった。
A2cの遺伝子は、哺乳類・鳥類・爬虫類には存在せず、魚類と両生類に特異的であるという。A2c遺伝子は、ゲノム配列が発表されているすべての魚種において存在しているため、ATPを匂い分子として認識して誘引行動を起こす嗅覚神経回路は、すべての魚類に共通して存在するものと考えられる。
同研究グループは今回の成果について、今後、魚類や両生類に特異的なA2c遺伝子を調べることで、進化生物学の分野で新たな知見が得られると予想されるとしている。