国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は、同センター精神保健研究所 精神生理研究部の肥田昌子室長、三島和夫部長らのグループが、皮膚の線維芽細胞内における時計遺伝子の転写サイクル(末梢時計周期)を測定することで、個人の体内時計の周期を簡便に推定する手法を開発したことを発表した。この研究成果は4月25日(日本時間4月26日)、米国オンライン科学雑誌「Translational Psychiatry」に掲載された。
睡眠や体温、ホルモン分泌などの生体機能は「体内時計」(生物時計)によって約24時間周期のリズムを刻んでいるが、その周期は個人差があり、極端に短かかったり長かったりすると24時間の昼夜サイクルに時刻合わせができず、概日リズム睡眠-覚醒障害を発症すると考えられている。
以前、研究グループは、隔離実験室内を用いて非24時間睡眠-覚醒リズム障害患者の体内時計周期が延長していることを見いだしていたが、体内時計周期を正確に測定するには特殊な施設、数週間におよぶ検査期間、負担の大きい連続採血などが必要で、臨床での実用化には至らなかった。そこで、ヒトから採取した少量の皮膚細胞を用いて体内時計周期を測定する手法の開発に取り組んだという。
今回の研究では、概日リズム睡眠-覚醒障害患者67名(睡眠-覚醒相後退障害41名、非24時間睡眠-覚醒リズム障害26名)、標準的な睡眠パターンの健常者50名から採取した皮膚細胞を培養し、末梢時計周期を測定した結果、非24時間睡眠-覚醒リズム障害群の末梢時計周期は健常者群に比較して有意に延長していることを確認した。これは、皮膚細胞を用いて簡便に患者の周期異常を同定できることを意味しているという。
さらに重要なことは、末梢時計周期によって時間療法(高照度光療法やメラトニン/メラトニン受容体作動薬などを用いて睡眠時間帯を正常化させる治療法)の効果を予測できる可能性が示唆されたことだという。
時間療法に対する反応性には個人差があり、すべての人に効果があるわけではない。同研究の結果、時間療法の奏功した非24時間睡眠-覚醒リズム障害患者では、奏功しなかった患者に比較して末梢時計周期が有意に短いことがわかったという。周期長を簡便に定量化できることは、臨床転帰の予測を可能にするだけではなく、今後の異常な長周期を有する難治例の病因研究を進める際に、調査対象者を絞り込む重要な臨床的マーカーとなるということだ。
一方、睡眠-覚醒相後退障害の患者では末梢時計周期の異常は認められず、時間療法の効果判定にも有用ではなかったという。遺伝型の睡眠-覚醒相後退障害患者では体内時計周期が延長していることが既に報告されているが、今回の研究で患者の大部分を占める孤発型の睡眠-覚醒相後退障害は、体内時計周期の異常以外の原因で発症している可能性が示唆されたことになる。
研究グループは今後、末梢時計周期の測定法を活用して難治例の病因研究、治療研究を進め、概日リズム障害に関連するさまざまな精神・神経疾患の発症メカニズムの解明や診断ツールの開発にも取り組み、概日リズム障害患者の細胞を用いて治療候補物質のスクリーニングシステムの構築を目指すという。
これらの技法が実用化されることで、患者個人に合ったテーラーメード医療の提供に資することが期待される。交代勤務や夜勤従事者の増加にともない、睡眠覚醒リズムの障害に多くの人々が悩まされている。このたび開発された概日リズム障害の診断ツールは、同患者のみならず一般生活者の生活の質(QOL)向上に貢献するかもしれないとしている。