量子科学技術研究開発機構(量研機構)は4月25日、陽電子ビーム磁性空孔分析技術を用いて、放射線の照射で酸化亜鉛に強磁性が現れるしくみを解明したと発表した。

同成果は、量研機構量子ビーム科学研究部門高崎量子応用研究所先端機能材料研究部プロジェクト「陽電子ナノ物性研究」の前川雅樹主幹研究員らの研究グループによるもので、4月25日付の米国科学誌「Applied Physics Letters」に掲載された。

酸化亜鉛は、鉄などの磁性元素を含んでいないため、通常は磁性を持っていないが、放射線を照射すると強磁性体に変化することが知られている。しかし、そのメカニズムは今まで解明されていなかった。一般に、磁性の源となるのは電子スピンの偏りであり、放射線によって結晶中にできた空孔にそのような電子状態が生じていることが予想されていた。

(a)照射前の酸化亜鉛の結晶。亜鉛と酸素の原子が規則正しく並んでいる (b)酸素イオン照射を行うと、原子が欠損し原子空孔が生成する (c)磁化測定を行うと、原子空孔を導入した酸化亜鉛では磁性が現れる (出所:量研機構Webサイト)

量研機構ではこれまでに、原子空孔にある電子のスピンを直接検出できる「陽電子ビーム磁性空孔分析技術」の開発に成功しており、今回、同技術を用いることで、放射線照射によって強磁性体になった酸化亜鉛の電子スピンの偏りと原子空孔の観測を試みた。

陽電子を物質に当てると、陽電子は原子空孔に捕まり、周りの電子と結合し、ガンマ線が発生する。このガンマ線の強度は、電子スピンの向きに応じて変化することから、今回は、試料に外部から磁場をかけ、電子スピンの向きを入れ替えることによって、ガンマ線の強度がどう変化するのかを測定した。

この結果、酸素イオンを照射する前では、磁場の向きを変えてもガンマ線の強度が変化しないのに対して、照射をした後では磁場の方向を変えるとガンマ線の強度が変化することがわかった。陽電子は、酸化亜鉛の原子空孔のうち、亜鉛原子空孔に対して高い感度を持つことが知られているため、酸素イオンを照射した酸化亜鉛では亜鉛原子空孔に電子スピンの偏りがあり、これにより強磁性体としての性質を帯びていることが裏付けられたといえる。

(a)陽電子ビームにより原子空孔の電子のスピンを検出する原理。測定対象物質に陽電子を当てると、物質中の電子と結合し、ガンマ線が発生する。外から磁場をかけることで電子のスピンの向きを変化させると、この結合のしやすさが変わり、ガンマ線の強度が変わる (b)酸素イオンを照射した酸化亜鉛に、陽電子を当てて発生するガンマ線の強度の差を測定した結果。照射前にはほとんど差が見られないが、照射後には差が観測された。これは原子空孔に電子のスピンの偏りがあることを意味している (出所:量研機構Webサイト)

今回の成果により理論予測が実証されたことで、同研究グループは、より強い磁性を持たせる方法や、安定して磁性を維持できる方法についての道筋を示すことができたとしており、酸化亜鉛以外の物質においても、同じメカニズムを利用して磁性を持たせることができる可能性があると説明している。今後は、酸化亜鉛をはじめとするさまざまな半導体材料において、放射線の照射で現れる強磁性の特性評価を進めていきたい考えだ。