理化学研究所は、日本人集団の大規模ゲノムワイド関連解析(GWAS)を行い、心房細動の新しい感受性遺伝子の同定に成功したと発表した。
同研究は、理化学研究所(理研)統合生命医科学研究センター統計解析研究チームの鎌谷洋一郎チームリーダー、循環器疾患研究チームの伊藤薫チームリーダー、東京医科歯科大学統合研究機構の田中敏博教授らの研究グループによるもので、同成果は、国際科学雑誌「Nature Genetics」に掲載されるに先立ち、オンライン版(4月17日付)に掲載された。
心房細動は、心房内の異常な電気信号により心房が不規則に細かく震える不整脈で、心不全や脳梗塞に至る疾患。これまで、心房細動の発症原因として、心血管系の器質的疾患などの臨床的要因や飲酒などの環境的要因が研究されてきており、遺伝的要因については、大規模ゲノムワイド関連解析(GWAS)と国際的なメタ解析で14個の心房細動感受性遺伝子領域が同定されている。特に「PITX2遺伝子」が心房細動の発症リスクと相関していることが分かっていたが、これらの疾患感受性領域の分布には人種差があることが示唆されていることに加え、超高齢社会の日本にとっては非常に重要な疾患となるため、日本人のサンプルを用いた遺伝子解析の必要性が高まっていたという。
まず、同研究グループは、日本人集団における心房細動患者11,300人と対照者153,676人に対して、心房細動の発症に関与する遺伝子領域を調査。その結果、6つの遺伝子領域が、心房細動のなりやすさに関係する遺伝子領域として検出された。これらの領域には「PPFIA4遺伝子」、「SH3PXD2A遺伝子」という神経系回路形成に重要な軸索形成に関与する遺伝子群が含まれており、さらにパスウェイ解析の結果、神経堤細胞分化経路が心房細動の発症に関与していることが示された。次に、心房細動ゲノム解析研究国際コンソーシアム(AFGenコンソーシアム)で行った欧米人のGWASの結果と比較したところ、新たに発見した6つの遺伝子領域のうち5つが日本人集団のみで有意に関係することが分かり、心房細動の遺伝的要因における人種多様性が示されたということだ。
加えて、過去に明らかにされた9つの感受性遺伝子上の一塩基多型(SNP)と今回明らかになった6つの感受性遺伝子上のSNPのジェノタイプデータを用いて遺伝的リスクスコアを作り、心房細動の発症のしやすさを検討した結果、リスクスコアが高い群は低い群に比べて、約7倍心房細動を発症しやすいことが分かった(上図参照)。しかし、 新しく同定した遺伝子領域の疾患リスクを高く見積もってしまう現象である“勝者の呪い”バイアスを避けるため、将来的に他の研究でもスコアの有効性を確認する必要があると考えられているということだ。
一方、AFGenコンソーシアムでは、心房細動患者18,398人と対照者91,536人を用いたGWAS、心房細動患者22,806人と対照者132,612人を用いたエキソームチップを用いた関連解析とレアバリアント解析を行い、12箇所の心房細動感受性遺伝子領域が同定された。さらに、同じサンプルを用いて、頻度の少ないレアバリアントに着目した解析では、「SH3PXD2A遺伝子」が主にアジア系人種において有意に心房細動発症と関係していることが分かった。また、人種特異的GWAS解析では、「PITX2遺伝子」の上流領域がアフリカ系アメリカ人、欧米人、アジア人にて最も強く心房細動発症との関連を示したが、「12p11/PKP2遺伝子」は、欧米人のみで有意に心房細動発症と関連していたということだ。
既報と新規発見した心房細動感受性遺伝子領域計24個の解析の結果、これらは心臓組織のエンハンサー領域に多く存在していること、また心臓の活動電位伝播と心筋収縮に関連していることが示された。同研究により、今後、これらを手掛かりに心房細動発症の詳細なメカニズムの解明や、メカニズムに関連した分子ターゲットの発見によって疾患に効果的な創薬につながると期待されている。また、同定されたSNP群は心房細動の発症リスクを予測する疾患遺伝子マーカーとしての活用が期待されるということだ。なお、同研究で作成した日本人集団におけるジェノタイプデータは、科学技術振興機構(JST)バイオサイエンスデータベースセンター(NBDC)を通じた公開が予定されている。