基礎生物学研究所は、実物とほとんど見分けがつかない「ヴァーチャルメダカ」を作成し、メダカが色、形、動きなど様々な情報を駆使して、群れる相手を選択することを明らかにしたと発表した。
同研究成果は、基礎生物学研究所(神経生理学研究室)の中易知大研究員(現信州大学)、八杉公基研究員、渡辺英治准教授らと、九州大学の白石壮馬大学院生(現NEC)、内田誠一教授の研究グループらによるもので、科学雑誌PLoS ONEに日本時間4月12日に掲載された。
一般には群れや集団は同一種によって構成されているが、動物がどのようにして同種・異種を判断しているのかというテーマにおいて、これまでの研究では形態情報に加えて運動情報を体系的かつ厳密に操作することは技術的に難しく、どの情報がどれほど群れ行動の誘発に寄与しているのかが検証されていなかった。魚の場合、群れ行動の誘発に関与する情報を検討する際、従来は実物の魚、鏡、静止画、ビデオ映像などが用いられてきたが、どの手法も運動情報の高度な操作は不可能であったため、今回、魚の様々な特徴を自由に操作することを可能にする3DCG技術を取り入れてヴァーチャルメダカを作成し、魚類の行動解析実験に応用したということだ。
同研究チームは、複数の角度から撮影したメダカの高解像度写真をもとに、3ds MaxやBlenderなどの3DCGソフトウェアを駆使して実物と酷似したメダカの3次元モデルを作成するとともに、ビデオ映像から自由運動するメダカの動きを数値化し、それに基づきメダカの動きをディスプレイ上で再現することにより、非常にリアルなメダカの3DCGアニメーションを制作した。このヴァーチャルメダカを用いることで、色・形などの形態情報に加えて、移動軌跡(全体的な動き)・体軸運動(尾ビレなどの局所的な動き)などの運動情報を体系的に操作し、それぞれの情報の群れ行動の誘発に対する寄与について検討した。メダカの運動解析においては、電子計算機を用いて、メダカ頭部の先端に1点、尾ビレの先端に1点を割り当て、頭部と尾ビレを結ぶ体軸上に4点を均等に割り当て、これら6点の3次元位置座標を解析することでメダカの動きを数値化。さらに、この数値データをモデルの骨格および動き情報を格納するモーションキャプチャデータファイル(BVHファイル)に変換した。そして、メダカの3次元モデルとモーションキャプチャデータファイルを連結させることで、実物とほとんど見分けがつかないヴァーチャルメダカを制作したという。
正常なヴァーチャルメダカを体系的に操作。形、色、移動軌跡、体軸運動などの情報を欠如させたヴァーチャルメダカは、全ての情報を再現した正常ヴァーチャルメダカよりもメダカを引きつける効果が減弱した。(出所:基礎生物学研究所Webサイト) |
リアルなヴァーチャルメダカをディスプレイに映し出し、実際のメダカに見せて行動を定量化したところ(定量化ソフトは九州大学の協力による)、このヴァーチャルメダカは実物のメダカを強く引きつけたという。そこで、色、形、移動軌跡、体軸運動のそれぞれの群れ行動に対する寄与を分析するため、「1:映像を呈示しない統制刺激1種および静止画4種」、「2:色、形、移動軌跡、体軸運動のうち2つの視覚特徴を操作した刺激5種」、「3:ひとつの視覚特徴のみを操作した刺激4種」を用いて、4つの視覚特徴をすべて再現した元刺激との比較を行った。その結果、いずれの刺激も元の正常ヴァーチャルメダカよりもメダカを誘引する効果が減弱した。これらのことから、3DCGアニメーションなどのヴァーチャルリアリティ技術はメダカの群れ行動研究のために応用可能であること、メダカは群れる相手を選択する際、特定の視覚特徴に反応するというよりむしろあらゆる視覚特徴を活用すること、などが示唆されたということだ。
従来の研究では、特定の視覚刺激が行動誘発のカギとなっていると考えられてきたが、少なくともメダカにおいてはあらゆる視覚情報を駆使して群れる相手を選択している可能性が示唆された。今後、種間比較実験、性行動や攻撃行動場面など様々な事態での実験などさらなる追加検討が必要だが、同研究成果は、動物の視覚認知メカニズムの研究の発展に貢献するものと考えられるという。また、同研究ではあらかじめ撮影した映像からメダカの動きを再現し、それをディスプレイに映し出したが、リアルタイムでヴァーチャル生物の動きを操作することに加えて、ディスプレイではなく水中でヴァーチャル生物の像を結像させるなど、さらなる技術的改良を行えば、実際の生き物とヴァーチャルな生き物との相互作用が可能となり、小型魚の群れと大型魚が織りなす振る舞いについての実験的検討が可能になったり、水族館などでのショーにも成果が応用できる可能性があるということだ。