理化学研究所(理研)は4月7日、日常の出来事の記憶が、時間経過とともにどのようにして海馬から大脳新皮質へ転送され、固定化されるのかに関する神経回路メカニズムをマウスの脳において発見したと発表した。

同成果は、理研脳科学総合研究センター理研-MIT神経回路遺伝学研究センター 利根川進センター長、北村貴司研究員、小川幸恵研究員、大学院生のディーラジ・ロイ氏らの研究グループによるもので、4月7日付けの米国科学誌「Science」に掲載された。

日常の出来事の記憶はエピソード記憶とよばれ、これを形成したり、思い出したりするのには海馬が重要な役割を担っている。これまでの研究から、海馬に形成された記憶は、時間経過とともに徐々に大脳皮質に転送され、最終的には大脳皮質に貯蔵されるという「記憶固定化の標準モデル」が考えられてきたが、このモデルに関しての神経回路メカニズムの詳細は明らかになっていなかった。

今回、同研究グループは、記憶を担う記憶痕跡細胞またはエングラム細胞を標識・操作する研究手法を用いて、学習時、エングラム細胞ははじめに海馬に形成され、続いて扁桃体とともに大脳皮質の前頭前皮質に形成されることを発見した。ただし、前頭前皮質のエングラム細胞は記憶情報を持っているが、思い出しにはすぐに使われない「サイレントなエングラム」という状態にあることがわかった。

学習後2~10日のあいだに、サイレントだった前頭前皮質のエングラム細胞は、海馬のエングラム細胞からの神経入力を受けて、機能的に徐々に成熟していくが、逆に海馬のエングラム細胞は時間とともにサイレント化、脱成熟する。つまり、これまで考えられてきた海馬から大脳皮質への記憶の転送のアイデアは、前頭前皮質のエングラム細胞の成熟と海馬のエングラム細胞の脱成熟により、記憶想起に必要な神経回路が切り替わることで説明できるようになったといえる。

学習時に海馬においてエングラム細胞は最初に形成される。さらに引き続き学習中に、海馬のエングラム細胞は、恐怖記憶に関わる扁桃体の細胞とともに、前頭前皮質のエングラム細胞を生成する。学習後2~10日のあいだに、サイレントだった前頭前野のエングラム細胞は、海馬のエングラム細胞からの神経入力によって、徐々に機能的に成熟する。一方で、海馬のエングラム細胞は時間とともにサイレント化する。その結果、学習後1日の記憶想起では、「海馬→大脳嗅内皮質→扁桃体」の神経回路が使われるが、学習後2週間以降の記憶想起では、「前頭前皮質→扁桃体」の神経回路が使われる (画像提供:理化学研究所)

前頭前皮質は意味記憶やルール記憶の形成に重要であることから、今後は、どのようにして、古いエピソード記憶が意味記憶へと変化するのかに関して神経回路レベルで検証すること、さらには意味記憶を符号化する神経細胞群が存在するのか否かについても、さらなる研究が期待されるという。