LIXILグループのシステムバス、システムキッチン、サッシといった各種住宅設備の施工を手掛けるLIXILトータルサービスでは、東京エリアのシステムバスだけでも約1000件/月の施工を50~60の施工チームで回している。現場の割り付けには8名の担当者がそれぞれ5~10の施工チームを受け持ち日程調整に当たっているが、「A社はスキルは高いがクレーンを持っていないので2階の施工はできない」などといった施工チーム個別の情報は属人化しがちのため、担当者の外出や病欠などで対応が遅れたり、異動の際に業務引き継ぎが困難になるなどの課題に直面していた。

株式会社LIXILトータルサービス CS 工事統括部 第二工事部 部長 日原 勲氏

「当社は戸建住宅やマンションの新築・リフォームにおける施工サービスおよびメンテナンスを主要事業としていますが、これらの業務にはスケジュール管理と人の手配が必ず付いて回ります。住宅工事は天候や施工の進ちょくなどで頻繁に日程変更が発生する一方、現場で施工を担当する職人さんは技量や商材の施工経験などが違います。変更された日程に対応可能で、かつ技量や経験が適切な職人さんを現場に割り付けるのは、煩雑でスキルの求められる業務なのです」と語るのは、同社の日原勲氏だ。

「IcTを活用したジョブ・スケジューリング・システムを構築して、当社で発生するすべてのスケジュール管理を自動化したい」と語る日原氏だが、そこにはLIXILグループならではの事情があった。国内の主要な建材・住宅設備機器メーカーが統合した複合企業であるため、合併前の事業会社ごとに個別構築した業務システムが稼働しているのだ。

「例えばシステムバスについては、当社と施工会社でスケジュールを共有する受発注システムを自社開発して運用していますが、システムキッチンについては別の受発注システムで運用しています。また、システムバスは必要な部材を統合した品番が存在しますが、システムキッチンは個別の部材を都度組み合わせて施工するため品番は存在しないなど、商材ごとに管理する内容はまちまちです」(日原氏)

こうした状況ですべての商材に対応するジョブ・スケジューリング・システムを自社で新規開発するには、多大なコストが発生するであろうことは容易に想像できる。そこで同社が注目したのは、クラウドをベースとした産業用ソフトウェア・プラットフォームPredix(プレディックス)だった。

LIXILトータルサービスが導入したアプリケーションの概要。案件情報をWebアプリから入力するとPredixエンジンが最適な施工チームを割り付けてくれる

Predixは産業用のIoTプラットフォームと紹介されることが多く、ジョブ・スケジューラと聞くと少し意外な気がするかもしれない。これについて、GE Digitalの新野昭夫氏は次のように語る。

GE Digital インダストリアル インターネット推進本部長 新野 昭夫氏

「ジェット機のエンジンにセンサーを取り付け、振動や温度のビッグデータを解析して故障を予知するというのが一般的な産業用IoTのイメージかと思いますが、もうすぐ故障すると予知できたらIoTの任務は完了というわけではありません。想定外の故障で業務に空白を作らないことが産業用IoTの導入目的ですから、故障を予知したら直ちに交換すべき部品を調達して、その部品を交換できるスキルを持ったエンジニアをアサインし、交換作業を実施する整備場を確保するといった一連の業務を遂行できて、はじめて円滑な業務継続が可能になります。故障予知から効率的なジョブ・スケジューリングまで、業務オペレーション全体の最適化を提供するプラットフォームがPredixなのです」(新野氏)

PaaS(Platform-as-a-Service)として提供されるPredixには産業界で広く利用されているOPC-UAやModBusといったM2Mプロトコルに対応するマシンゲートウェイのほか、PCを想定したHTTPSやWebSocketsに対応するクラウドゲートウェイ、さらにモバイル機器用のゲートウェイが用意されている。今回LIXILトータルサービスが採用したアプリケーションは一般的なWebシステムとして開発された。

従来のモノリシックなシステムはクラウドないしオンプレミスのプラットフォーム上に個別開発したアプリケーションを構築するが、特定の業務に最適化したアプリケーションは、機能をモジュール化して別のシステムで再利用するのは難しい。それに対してPredixでは、個別開発するのは主にユーザインタフェース層のみで、ビジネスロジックに相当する部分はマイクロサービスと呼ばれるモジュールを組み合わせている。

Predixアプリケーションの柔軟性を実現する中間層のマイクロサービスについて、GE Digitalの戸田圭輔氏は次のように説明する。

GE Digital Predixセールスエンジニア 戸田 圭輔氏

「マイクロサービスはそれ自体が1つの機能を提供するモジュールで、GEが開発した各種のマイクロサービスを利用できますし、必要に応じて独自のマイクロサービスを開発することも可能です。ちょうどレゴブロックを組み立てるように、必要なマイクロサービスを積み上げていくことで、お客様のニーズに合ったサービスを柔軟に提供できる仕組みがマイクロサービスのコンセプトです。LIXILトータルサービス様のケースでは、ジョブ・スケジューラに利用できる既存のマイクロサービスを再利用して開発コストや期間を圧縮しつつ、いくつかのマイクロサービスを新規開発して個別ニーズに応えました」(戸田氏)

2015年春に開始したプロジェクトは、LIXILグループ、GE DigitalおよびGEのパートナーとしてPredixの外販を行うソフトバンクの3社が綿密な連携を取りながら進めた。ゴールは「属人化している割り付け作業をシステム化し担当者が施工品質管理などの付加価値の高い作業にも時間を掛けられるようにする」であるから、自動割り付け機能には、人間と同程度の精度が求められた。精度が低ければ、人間が作業をやり直す「手戻り」が発生して担当者の工数が増加してしまうからだ。

GEの開発チームは「設置するユニットバスの商品」「職人」「現場の場所や特徴」「日付」などのパラメータを設定し、最適な施工チームを選び出すロジックを組み立てていき、最終的に人間とほぼ同等の割り付け精度を獲得したという。

これと並行してソフトバンクはビジネス視点でのリサーチを実施した。システムの設計段階で、割り付け作業を1件処理するのに、どういった作業でどれだけ時間を要しているかを分析し、システムで削減可能な作業を分単位で計算した。これによって1件当たりの処理時間は平常時と繁忙期で差異があり、繁忙期ほどより大きな削減効果が見込めると判明した。割り付け担当者は各々担当する施工チームを持っていると前述したが、繁忙期に手持ちの施工チームがふさがっていると、他の担当者にスケジュールの空きがある施工チームを融通してもらう調整作業が頻繁に発生する。そして担当者同士の人間関係ができていないと調整はスムーズに進まないといった属人的業務の限界も明らかになった。システム化をすることで、担当者ごとの担当施工チームといった垣根を取り払って空のある施工チームを割り付けることが可能になり、大幅な時間短縮が実現する。

完成したジョブ・スケジューラの運用はいたって簡単だ。あらかじめ施工チームの技量、所在地、休日といったマスター情報をデータベースに登録しておき、新規の施工案件が発生したらPredixが最適な施工チームを自動的に割り付ける。

2016年8月に東京エリアでシステムバスの施工チーム自動割り付けシステムを提供開始し、同年11月~12月に割り付け担当者にアンケートによる効果測定を実施した結果、精度および工数削減効果は想定どおりとの回答を得た。これを受けLIXILトータルサービスの経営陣は、2017年4月から全国の営業所で約1100の施工チームを対象としたシステム導入を決定した。導入効果を最大化するには全国展開後の運用状況や効果を検討したうえで、LIXILトータルサービスの業務運用ルールを改正することも想定されるが、経営陣のコミットを得たことで全社一丸となってプロジェクトを推進する体制が整った。

「定量的な効果は全国展開後に測定しますが、東京エリアに限った先行リリースでも、担当者に掛かる業務負荷の軽減やスキルの平準化など、業務改善効果は実感しています。属人的だったノウハウがシステム化によって汎用化されたナレッジとして抽出できたのも大きな効果です。当初は戸建住宅のシステムバスに限った導入ですが、今後はシステムキッチンなど扱う商材を増やし、マンションでの施工やメンテナンスなどにも範囲を広げ、業務効率の最大化を目指します」(日原氏)

日本では業務システムの自社開発が主流だが、個別最適化したシステムは企業の統合・合併や事業環境の急変に素早く対応できない課題を持つ。こうした状況を回避するにはモジュールを組み合わせてさまざまな業務領域へ柔軟に対応できるシステムは有望な選択肢の1つとなるだろう。