立命館大学は、海洋研究開発機構(JAMSTEC)海洋掘削科学研究開発センターのGordon Schlolautポストドクトラル研究員、同大古気候学研究センターの中川毅センター長・教授らの国際共同研究グループが、福井県の水月湖から採取された約1万2000年前の堆積物を分析し、当時の気温や降水量、風の吹きかたの復元を行い、得られた結果をヨーロッパの湖沼および北大西洋の海底の堆積物の分析結果と比較したところ、北大西洋周辺地域では温暖化が進行していた時代に、日本を含む東アジアではむしろ寒冷化が起こっていたことが判明したことを発表した。この研究成果は、英科学誌「Scientific Reports」に3月31日付で掲載された。

福井県にある水月湖(出所:立命館大学Webサイト)

将来の気候変動に関して信頼度の高い予測を実現するには、気候変動のメカニズムについて理解を深めること、特に複数の地域が相互にどのように関連しあっているかを理解することが重要で、古気候学的な記録を分析することで気候がこれまでどのように変動してきたのか、また異なる地域の気候変動の間にどのような関連性があるのか、実際の証拠に基づいて検証することが可能となる。

そこで同研究グループは、福井県の水月湖から得られる一年に一枚の薄い地層、いわゆる「年縞堆積物」の分析を行った。水月湖の堆積物は、年縞の計数をベースにした世界最高精度の年代の「目盛り」が与えられているなど、世界で最も正確に年代が分かっている堆積物試料であるため、この環境指標が得られればその結果は即座に世界の他のデータと直接比較することができる。

研究グループは、「ヤンガー・ドリアス期」と呼ばれる、北半球の広い範囲で気温の低下が起こっていた1万2800年前~1万1600年前までの時代に着目。ヤンガー・ドリアス期は大規模な気候変動としてはもっとも最近のものであるため、年代推定の誤差が少ない上に、世界各地で研究がおこなわれており、地域による気候変動の特色を比較するのに適しているという。

水月湖の掘削作業場(出所:立命館大学Webサイト)

研究グループは、水月湖の堆積物に含まれる花粉化石や淡水性のプランクトンの化石及び鉱物の分析を行うことで、この時代の日本で気温、降水量、風の吹きかたがどのように変化したかを復元することに成功した。その結果、ヤンガー・ドリアス期は前半と後半のふたつに区切ることができ、特に後半は寒冷であったうえに高い頻度で強風が吹いていたことが判明したという。

ヤンガー・ドリアス期が前半と後半で異なる特徴を持つことは、ヨーロッパや北大西洋の記録からも報告されていたが、特筆すべき点は、これらの地域と日本では変動の順番が入れ替わっていたこと。すなわち、ヨーロッパや北大西洋の記録によれば、寒冷で強風が吹き荒れていたのはヤンガー・ドリアス期の前半であり、後半はむしろ温暖で湿潤な環境であったとされている。

この要因として考えられるのが、降雪の地理的なパターンの変化だという。ヨーロッパで温暖化が進行すれば、極前線と偏西風は北に押し上げられ、より多くの湿気がユーラシアの東に運ばれる。その結果、アジアではむしろ積雪量が増え、陸域が相対的に冷却されたとすれば、アジアでは夏モンスーンの弱化と冬モンスーンの強化が引き起こされることになり、今回ユーラシアの東西で見られたような気候変動の対照的なパターンを合理的に説明できるということだ。

堆積物コアを半分に割ったもの

顕微鏡下での炭酸鉄。湖で採取された鉱物は、時間の経過とともに湖がどのように変化したかの情報を提供する(出所:立命館大学Webサイト)

同研究は、気候変動の地理的なパターンがきわめて複雑であり、北大西洋周辺地域で見られるパターンが必ずしも北半球あるいはユーラシア全体を代表するわけでもないことを示している。気候変動の地理的な多様性に関する知識は、将来予測の精度を向上させていく上でも不可欠なものであることから、今後は気候モデリングなど実際に将来予測をおこなう研究コミュニティとの連携を図るとともに、ヤンガー・ドリアス期以外の時代に対しても、同様の研究を拡大していく予定だとしている。

花粉は、湖の周りの植生が時間とともに変化し、温度と降水量に関する情報を提供する(出所:立命館大学Webサイト)