京都大学iPS細胞研究所(京大CiRA)は、滲出型加齢黄斑変性の患者を対象として、iPS細胞由来網膜色素上皮細胞を用いた細胞治療が安全に施行できることを支持する結果を得たと発表した。

「滲出型加齢黄斑変性の病変と新生血管盤去手術、iPS細胞を用いた本研究の治療デザイン(出所:京都大学Webサイト)」
加齢に伴いRPEの機能が低下し、脈絡膜からRPEの層を越えて血管が生え出したものが「脈絡膜新生血管盤」である。これを手術で除去すると、新生血管による出血などは落ち着くが、その後網膜や脈絡膜血管がしばしば萎縮するため、ここにiPS-RPEシートを移植する

同研究成果は、山中伸弥 iPS細胞研究所教授、髙橋政代理化学研究所プロジェクトリーダー、栗本康夫先端医療振興財団先端医療センター病院部長らの研究グループによるもので、2017年3月16日に米国の科学雑誌「The New England Journal of Medicine」に掲載された。先進国において高齢者の失明原因の主たる疾患のひとつとなっている加齢黄斑変性には、滲出型と萎縮型があり、滲出型加齢黄斑変性では、本来存在する以外の場所で新生血管が網膜色素上皮を貫いて網膜下に生え出すことにより、網膜下で出血が起こり、進行すると中心部の著しい視力低下をもたらす。この網膜色素上皮細胞(RPE)は、網膜の外側に位置するシート状の単層細胞層で、網膜の視細胞を維持するために重要な働きをしている層である。

同研究グループは、既存の治療では十分な効果が得られていない患者の皮膚の細胞よりiPS細胞を誘導し、さらにRPEを分化してシートを作製し、新生血管の抜去後にその自己iPS細胞由来網膜色素上皮細胞シート(iPS-RPEシート)を網膜に移植するという方法を構想。規定の品質試験に加えて、全ゲノムおよび全エクソーム解析(ゲノムの中のタンパク質に関する情報が書き込まれているエクソン部分のDNA配列を、次世代シーケンサーを用いて包括的に解析する方法)を行った。

また、参考データとして、対象患者として2名がエントリーされ、iPS-RPEシートが作製された。2014年9月に患者の1人(女性)に移植を実施したところ、1年後の評価において、腫瘍形成、拒絶など認めず、新生血管の再発もみられなかったという。また、移植手術前の視力を維持しており、安全性試験としての経過は良好であった。さらに、その後1年半経過した現在も、腫瘍形成や拒絶反応はみられていない。2例目(男性)に関しては、参考データとしてのゲノム解析において検出された遺伝子の変異(X染色体上の遺伝子の欠失)に関して統一した解釈が得られなかったことと、患者の臨床所見が現行治療で比較的安定していたことから、移植手術は延期されており、また、法改正に伴い同臨床研究は一旦エントリーを終了している。実施は1例となったが、今回の結果より、iPS細胞由来網膜色素上皮細胞を用いた細胞治療が安全に施行できることが支持されるということだ。

山中伸弥氏は、同研究成果に関して以下のようにコメントしている。「私たちは高橋政代先生をはじめ、さまざまな臨床医や研究者と共同研究を行い、さまざまな疾患に対してiPS細胞を使った新しい治療法の開発を目指しています。今回の加齢黄斑変性での研究は、iPS細胞を使った治療を安全に行うことができることを示した重要な成果です。」