高エネルギー加速器研究機構(KEK)は3月7日、有機強誘電体であるクロコン酸結晶にフェムト秒パルス光を照射すると、強誘電分極が1ピコ秒以内という極めて短時間で減少し、その後10ピコ秒の時間スケールで回復する現象を見出したことを発表した。

同成果は、KEK物質構造科学研究所の岩野薫研究機関講師、東京大学大学院新領域創成科学研究科 岡本博教授、宮本辰也助教、産業技術総合研究所機能材料コンピュテーショナルデザイン研究センター 下位幸弘研究チーム長らの研究グループによるもので、3月13日付けの米国科学誌「physical Review Letters」に掲載される。

有機分子から構成される有機強誘電体は、折り曲げたり畳んだりできるフレキシブルな特性や化学修飾によって変化する性質の多様性から、高性能薄型デバイスなどへの応用が期待されている。

有機強誘電体の一種であるクロコン酸結晶は、水素結合中の水素原子核がある特定の方向へ移動し、それと同時にクロコン酸分子内のπ電子が偏ることで分極が生じる。その常誘電-強誘電転移温度が高いことや、分極の値が既存の酸化物系の強誘電体に匹敵することから、スイッチングデバイスやメモリーなどへの応用も期待されているが、通常の強誘電体では、電場をかけた時に起こる電気分極の変化や反転にはマイクロ秒程度の時間を要するため、高速の分極制御を実現することは難しいと考えられていた。

同研究グループは今回、フェムト秒パルス光を強誘電体に照射し、その後の分極の時間変化を第二高調波発生という手法を用いて観測。その結果、例えば、光子エネルギーが3.2eVのパルス光を照射した場合、強誘電分極が1ピコ秒以内という極めて短時間で減少し、その後、約10ピコ秒という短時間で回復することを確認した。

また、密度汎関数理論に基づいたクラスター計算を行い、光が照射される前の基底状態と光が照射されたあとの励起状態について調べた。この結果、光照射によって、まずクロコン酸分子中のπ電子が励起され、次にそのπ電子励起が引き金となってプロトンが移動、それが次々と連鎖することで1光子あたり10分子以上にわたる領域でプロトンが直線的に連なって移動することがわかった。この連なった移動の方向は元々の強誘電分極の方向と逆となるため、全体としては分極値が減るという実験結果を説明できる。

同研究グループは、今回明らかにした光照射による分極変化現象について、強誘電体の高速分極制御の可能性を強く示唆するものであり、将来の高速の光スイッチ、光変調素子、光メモリーなどへの応用が期待されると説明している。

理論計算により得られたクロコン酸結晶における光励起後の変化の模式図。光照射前では、プロトンが左に移動しており、また、各クロコン酸分子中のπ電子はプロトンに引き寄せられて右に偏っている。ポンプ光が中央の分子に吸収された後、その分子でπ-π*励起が起こり、それが引き金となって分子に付いているプロトンが右に動き始める。さらに、このようなプロトンの移動とπ電子の偏りの組み替えが連鎖的に起こり、あるサイズの空間的領域で1次元的な分極反転が起こる。このような分極反転は、要するエネルギーの計算により10分子程度まで及ぶこともわかった (出所:科学技術振興機構Webサイト)