オーストリア科学技術研究所(ISTオーストリア)は、量子相転移現象を実験観測することに初めて成功したと発表した。量子相転移は、0℃前後で氷が融けて水に変わるように、量子系の性質が臨界点で変わる現象。将来的に、量子計算の超高速化などに応用できる可能性もある。研究論文は、物理学誌「Physical Review X」に掲載された。

実験データによる確率分布のグラフ。相転移臨界点付近で透明状態と不透明状態が同じ確率になることを示している(出所:ISTオーストリア)

量子相変化によって量子系が不透明から透明に変わる現象が理論的に予想されていたが、これまで確認できていなかった。今回、この理論予想を実証する「フォトンブロケード・ブレークダウン」という現象を、実験的に観測した。

光学系のキャビティ(空洞)内に光子1個が入っている場合、その光子が出ていかないかぎり他の光子はキャビティに入ることができない。この状態を「フォトンブロケード(光子遮断)」と呼ぶ。フォトンブロケード状態では、光子の流れが遮断されるため、その系は不透明になる。

ここで光子の量を徐々に増やしていくとする。光の流束(フラックス)が臨界点に達すると量子相変化が起こると予想される。フォトンブロケードが破壊され、光子の流れが遮断されなくなるため、系は不透明から透明に変わると考えられる。この現象が「フォトンブロケード・ブレークダウン」である。

今回、フォトンブロケード・ブレークダウンが実際に起こり、その相転移が一次相転移であることを確認した。一次相転移とは、相変化の前後の物理量をグラフ化したとき、曲線の1階微分に不連続点がある場合をいう。一次相転移の特徴は、臨界点付近で、転移前の相と転移後の相の混在がすることである。たとえば液体の水から固体の氷への相転移は一次相転移であり、0℃付近で水と氷が混在する状態がみられる。今回の量子相転移でもこのような二つの相(この場合、透明相と不透明相)の混在を確認した。

実験では、超伝導マイクロ波共振器を備えたマイクロチップを光学キャビティとして利用し、超伝導量子ビットに原子の役割を持たせた。マイクロチップを絶対零度近く(0.01K)まで冷却し、熱ゆらぎを極限まで小さくした状態で、チップ上の共振器の入力側からマイクロ波を連続的に送ることによって光子の流束を作りだした。このとき、共振器出力側でマイクロ波の流束を増幅して測定した。

研究チームはこの実験条件で、ある一定の入力をした場合に、不透過と完全透過のあいだで確率的に反転する出力信号が検出されることを確認した。すなわち理論予想のとおり、量子系に透明相と不透明相が混在し、二つの相がランダムに切り替わる状態を観測したことになる。

今回行われた実験では、ある入力に対して出力信号を得て実験終了となるまでの時間が、1.6ミリ秒しかかかっていない。一方、これに対応する数値シミュレーションを行うには、既存のスーパーコンピュータで2~3日を要するという。このことは、量子相転移現象自体を量子シミュレーション用の演算装置として利用すれば、計算の超高速化が実現できることを示唆している。また、将来的には、量子相転移を利用した記憶素子などへの応用可能性もあるとする。