原子などの粒子が空間内に周期的パターンをとって並んだ状態は「結晶」と呼ばれるが、近年、こうした結晶の周期的パターンが空間上ではなく時間軸の方向に現れる「時間結晶」という現象が注目されるようになってきた。それも、単なる理論上の仮説ではなく、「実験的に時間結晶を作り出した」とする報告がいくつか出始めている。

カリフォルニア大学バークレー校(UCバークレー)のNorman Yao氏らは、時間結晶に関する最近の実験結果を検討し、時間結晶の具体的な性質についての解明を進めている。研究論文は物理学誌「Physical Review Letters」に掲載された。

メリーランド大学の研究グループが作製したイットリビウムイオンの時間結晶(出所:UCバークレー)

通常の三次元空間での結晶化については、「物質の分子系から熱を取り去って低エネルギー状態にしたときに起こる連続的な空間並進対称性の破れである」と説明できる。

例えば液体の状態での水分子は、コップの中でランダムに動き回っているので、コップの中の水はどの部分をとってもその物理的構造は変わらない。これが「連続的な空間並進対称性」である。ここで水を冷やすと、温度を零度まで下げたところで水は凍りつき、氷の結晶になる。氷の結晶は規則的なパターン構造をもっているので、液体の水のようにどこをとっても物理的に同じ構造とはならず、パターン周期に対して整数倍の対称性(離散的な空間並進対称性)だけが残る。つまり、結晶化とは、物質を冷やすことによって連続的な空間並進対称性が自発的に破れて、離散的な空間並進対称性が現れる現象であるといえる。

2012年、ノーベル賞物理学者フランク・ウィルチェック氏は、この概念を空間だけでなく時間にも拡張した「時間結晶」の可能性を提示した。時間結晶では、連続的な時間並進対称性が自発的に破れ、離散的な時間並進対称性が現れる。例えば、極低温下での電界イオントラップによってイオンを捕獲し、そのイオンが最低レベルのエネルギー(基底状態)で回転し続ける状態を作り出すことができれば、イオンの円運動が時間軸上で周期的に再現されていることになるので、時間結晶であるといえる。

時間並進対称性とは「時間をずらしても物質の構造が変わらない」という性質であり、「物理現象には再現性がある」というような自然の根本的枠組にも深く関わっている。このため、このような基本的対称性を破る時間結晶が現実に作れるものなのかどうかについては、さまざまな議論がある。2015年には、東京大学の研究者らによって、「統計力学の法則に従う限り、時間結晶は存在できないことを数学的に証明した」との報告があった。ただし、この研究で否定された時間結晶には、「熱的な平衡状態にある安定した状態では」という条件がついている。熱いお湯と冷たい水を混ぜて放置すると、一定時間後には容器の中で一様な温度のぬるま湯になり、やがては容器の置かれている室温と同じ温度になって安定する。これが熱的な平衡状態であるが、統計力学の法則からは、このような安定した状態において時間結晶は存在できないとされた。

時間結晶は実際に作られ始めている

しかしながら、話はここでは終わらず、その後も時間結晶の研究は続けられ、昨年くらいから、実際に時間結晶を作製したという実験結果が複数の研究グループから報告され始めた。1つは、メリーランド大学のグループによるもので、イットリビウムのイオン10個の配列に対して交互にレーザー照射することによって、一部のスピンの向きが反転した状態を作り出した。スピン間には相互作用があり、スピンの反転状態が安定した周期的パターンを維持するようになることから、時間結晶が実現されたとした。

もう1つの実験はハーバード大学のグループによるもので、ダイヤモンド中に高密度に詰まった窒素空孔中心(NVC)を利用して、時間結晶を作製した。マイクロ波放射によってNVCのスピンを交互に反転させ、スピン間相互作用を発生させて時間結晶化したと報告されている。

これらの時間結晶は、上述した「熱的な平衡状態」という条件を外した非平衡状態の系での実験結果である。実際、今回論文を発表したYao氏も、「時間結晶は、非平衡状態であることが大きな特徴であり、そこに、これまであまり研究されてこなかった物質の新しい形態としての意義がある」という趣旨のコメントを出している。これまで物性物理の分野で主要な研究対象になってきた金属、半導体、絶縁体などは、いずれも安定した平衡状態の物質であり、時間結晶のように動的に変化する非平衡状態の物質については、研究はまだ始まったばかりであるとYao氏は指摘している。

時間結晶の特徴である連続的な時間並進対称性の破れについては、時間結晶を作り出している外部駆動系(磁場やレーザーなど)の周期パターンに対して、その周期の整数倍の周期パターンがみられることから実際に対称性は破れており、離散的な時間並進対称性が現れていると考えられている。例えば、メリーランド大学の事例では、実験で使われている磁場とレーザーの周期Tに対して時間結晶の発振周期が2Tまたは3Tとなる現象が観測されている。これは例えてみれば、お寺で繰り返し鐘を突くと2回か3回に1回だけ音が鳴るようなもので、通常の物質ではみられない非常に興味深い現象である。

時間結晶の「相図」。実験パラメータの変化によって、時間結晶が溶けて通常の絶縁体になったり、高温状態になったりする(出所:UCバークレー)

また、Yao氏によると、通常の物質に固体・液体・気体という相転移があるように、時間結晶にも条件の変動にともなう状態変化が存在するという。研究チームは、磁場やレーザーなどの実験パラメータの変化によって時間結晶がどのように変化するかという一種の「相図」を描き、時間結晶の物性の解明を行っている。

こうした物性解明によって、実験的に作られた物質が実際に時間結晶と呼べるものであるのかどうかを確認するための測定法が確立されていくと期待できる。また、時間結晶の研究は基礎科学として興味深いものだが、応用的な観点からは、その物性が明らかになることで、量子コンピュータ実用化で必要になる安定した量子状態の実現などに役立つ知見が得られる可能性もある。