カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)の研究チームは、なぜ髪の毛は強く、切れにくいのかをナノレベルで解明した。研究を通して、高強度材料の開発などに役立つ知見が得られるとしている。論文は材料科学専門誌「Materials Science and Engineering: C」に掲載された。
髪の毛の引っ張り強度は150~270MPaと高く、重量比強度(密度あたりの引っ張り強度)で比較すれば鋼鉄に匹敵する強さを持っている。また、引っ張りによって破断するまでに、元の長さの1.5倍以上も伸びる性質があり、相当切れにくい材料であるといえる。
研究チームは、髪の毛が引っ張られて伸びるときに何が起こっているのかをナノレベルで調べた。その結果、これまで知られていなかった髪の毛の性質がいろいろとわかってきたという。
まず、引っ張るときの速さの違いによって、髪の毛の強度が変わることがわかった。速く引っ張ったときほど強度は高くなる。これはハチミツなど高い粘性を持った流体に見られる性質と同じであるという。
髪の毛は主に、「外皮」と「基質」という2つの部分から構成されている。外皮は平行に並んだ繊維の束であり、基質はアモルファス(ランダム)な構造である。基質は髪の毛が変形されるときの速度に敏感だが、外皮のほうはそうでもない。このように性質の異なる2つの部分が組み合わさっていることが、髪の毛の強度を決める要因になっていると考えられる。
ナノレベルでみると、外皮の繊維1本1本は、それぞれ数千本のコイル状の分子鎖(αヘリックス)の集合体である。髪の毛が引っ張られて変形するとき、αヘリックスのコイルの巻きはほどけて、ひだのあるシート状の構造(βシート)に変わる。この構造変化によって、髪の毛はよく伸びて切れにくい性質を持つようになる。
αヘリックスからβシートへの構造変化は、弱い力で引っ張られたときには可逆的であり、引っ張りの後で元の形状に戻ることができる。一方、強い力で引っ張られると構造変化は不可逆的になる。今回の研究では、こうした変形の様子について、X線散乱パターンの観測によって初めて実験的に確認したとしている。
また、湿度・温度の条件をさまざまに変えて、髪の毛の引っ張り試験を行ったところ、湿度が高いとき、髪の毛は破断するまでに最大70~80%の変形に耐えられた。一方、乾燥した条件で耐えられたのは、最大50%の変形までであった。これは、基質に水分が入り込むことで、繊維同士をつないでいる硫黄の結合が切断されるために髪の毛が軟化する現象であると説明できる。
髪の毛は60℃の温度で回復不能なダメージを受け始め、これより温度が上がると弱い力でも切れやすくなっていくこともわかった。
研究チームは現在、髪の毛の性質に対する水の影響について調査を続けており、髪を洗うことで髪の形が元に戻る現象の詳細なメカニズム解明などに取り組んでいるという。
研究リーダーであるUCSD機械工学教授Marc Meyers氏は「自然界には、非常に巧妙な仕組みを備えた興味深い材料や構造がたくさんある。生体材料の構造とその性質の間の関連を探ることで、これまでにない優れた合成材料の開発設計に役立てることができる」とコメントしている。