働く人にとって雇用やキャリア形成は常に大きな関心事である。これまでのコンピューター・テクノロジーは企業の業務効率化や生産性向上に寄与してきたが、働く人の仕事を奪うほどのものではなかった。ところが、人工知能(以下、AI)は幾何学級数的なスピードでできることを学ぶことから、その発展による失業が懸念されるようになってきた。そこで、AIに代表されるテクノロジーが雇用にもたらす影響を考えてみたい。
前編では、定型業務や単純な手作業から非定型業務や複雑な作業の代替としてコンピュータが利用されることにより、雇用にどのような影響が出るかを説明した。
後編ではAI(機械学習)が進化する中、将来起こりうるマイナス面だけに過剰反応するのではなく、どうすれば人とコンピュータが協力しながら仕事を進めることができるかについて考えてみたい。
日米の従業者はAIをどう見ているのか?
AIは2016年度のIT業界のトレンドの1つだが、企業におけるAIの導入状況はどのようなものか。総務省が実施した日米の従業者を対象に実施した「ICTの進化が雇用と働き方に及ぼす影響に関する調査研究」によると、日米共に職場へのAI導入は進んでいないが、今後導入を検討しているとする回答を含めると、米国の方がAI導入に積極的という傾向が見られる(図1)。
そして図2は、図1で既にAIを導入しているとした回答者とこれから導入する計画があるとした回答者に対し、職場におけるAIに期待する役割について尋ねた結果を示している。
日米の意識の差に着目すると、米国では「既存の業務効率・生産性を高める」への回答が日本よりも多いのに対し、日本では「不足している労働力を補完する」「これまでに存在しなかった新しい価値をもった業務を創出する」という回答が米国よりも多い。日本の場合、少子高齢化で世界に先駆けて労働人口が減少する中、いかに経済成長を阻害しないようにしていくかが大きな課題であるため、こうした傾向の相違につながったと思われる。
テクノロジー変革に適応するためのシナリオとは?
前編でも述べた通り、AIをはじめとするテクノロジーの進化により、仕事の本質が変化することは間違いない。では、仕事の量はどのぐらい変化するのだろうか。減少する一方ではなく、新たに生まれる仕事もあるはずだ。
経済産業省の産業構造審議会が2016年4月に発表した「新産業構造ビジョン」の中間整理報告書によれば、「AI」「ビッグデータ」「IoT」「ロボット」は、これまでは難しかった「社会的・構造的課題」を解決するためのテクノロジーであることが強調されている。そして、現状維持のままでは市場喪失、仕事の量の減少、仕事の質の低下が避けられないが、こうしたテクノロジーを積極的に活用して変革に成功すれば、生産性の向上と労働人口減少のマイナス影響を克服できると提言している。また、そのためには、以下のような仕事を増やしていかなくてはならないと主張する。
AIやロボットなどを創り、新たなビジネスのトレンドを創出する仕事→グローバル企業の経営戦略策定、データサイエンティスト、研究開発など
AIやロボットなどを使って、共に働く仕事→ビジネス企画立案、商品・サービスの企画やマーケティングなど
AIやロボットなどと住み分けた仕事→高付加価値な販売やサービスなど
同報告書では図3で示すように、現状維持の場合と変革に成功した場合の国内従業者数の変化を試算している。結果は、現状維持のままでは735万人の雇用が失われるが、変革に成功すれば損失は161万人に抑制できるというものであった。
職業別内訳を見ると、変革が成功すれば、まず「上流工程」「IT業務」の従業者数は増加するとの予測だ。その反面、変革の成否にかかわらず「製造・調達」「バックオフィス」業務の従業者は減少する見通しである。
また、「営業販売」「サービス」業務に関しては、変革の成功によりテクノロジー代替確率の高いものと低いもので影響度が変化する。「営業販売」業務ではコンサルティングが必要な高額・非定型商品を扱う場合、「サービス」業務では人が直接対応することが高付加価値につながる場合に、テクノロジーでの代替が難しいと見なされ、従業者数が増加する。
変革の成功に向けて解決するべき課題は何か?
現状維持のシナリオは、人手不足に悩まされている飲食店やコールセンターの雇用がわずかに産み出されるものの、その他のすべての職業での雇用が減少してしまう悲観的なものである。
さらに、現状維持の場合と変革に成功した場合のシナリオを比較すると、変革に成功したとしても、これまで雇用のボリュームゾーンであった中間層の「製造・調達」「バックオフィス」および「営業販売」の一部の雇用が失われる可能性がある。これは二極化が進むことに他ならない。
中間層にとっては、AIやロボットに代替されないスキルを高めてテクノロジ ー進化を前提とした就業構造の変化に対応しないといけないし、失敗すると低賃金の労働に甘んじなくてはならない。成長分野に人材がスムーズに移動しなくてはならないし、仕事の本質の変化に即した人材育成が不可欠だ。
しかし、前編でも述べたような、人間にしかできない繊細な手仕事や肉体労働、創造性を発揮する仕事、他者を動かすリーダーシップといったスキルを強化するのは一朝一夕には進まないだろう。労働市場の流動性を高めることが求められるし、従来通りの人材育成の方法論ではテクノロジーの進化に追随することはできないだろう。現状維持のままではジリ貧が見えている以上、痛みを伴う変革であっても生き残るためには労働市場や雇用制度の柔軟性を高めていくことが日本企業には求められている。