人気アーティストのコンサートチケットが、オークションサイトなどで高額転売されている――。何年も前から見られたこうした光景に対し、2016年8月、業界団体が反対声明を出した。それを契機に、アーティストやそのファン、音楽関係者などを中心に、チケットの不正転売に注目が集まっている。
コンサートや演劇のチケットは紙での運用が主流だが、不正転売の抑止法としての側面を期待し、「電子チケット」の導入が徐々に進められている。その中のひとつで、スマートフォンアプリのみで運用可能な電子チケット発券サービス「tixeebox」は、実際の公演での運用が始まっているサービスのひとつだ。電子チケットの運用初期の現在、その状況はどうなっているのだろうか 。
今回はtixeeboxを提供する会社「Live Styles」の取締役・飯塚優希氏と、DMM.com イベント事業部 営業局 局長・中村圭一氏に、tixeeboxの概要や開発の経緯、今後の方針、ユーザーの反応などについてお話をうかがった。
――「tixeebox」はLive Stylesのサービスですが、DMM.comと共同で提供している経緯を教えてください。
飯塚氏:もともとはLive Styles単独でスマホ向けの電子チケットアプリを展開していたのですが、2015年5月からDMM.comと電子チケット事業を協業させて頂いております。現在、Live Stylesが提供しているサービスの「tixeebox」のほか、DMM.comでは我々の特許を利用した「DMM.E」という別の電子チケットサービスを展開されています。
tixeeboxは、電子チケットの発券と入場に特化したサービスです。一方、各社プレイガイドが取り扱わないニッチなイベントの検索、電子チケット発券、入場までに対応しているのが、「DMM.E」となっています。つまり、誘客を行いたい小規模~中規模イベントなら「DMM.E」を使って頂き、多くの集客を見込んでいて、販売は他社で行うが電子チケットを使いたいという場合は「tixeebox」を使って頂く形となります。
転売を懸念するアーティストやコンテンツは全体の●割
――まだ市場では導入段階にある「電子チケット」ですが、「tixeebox」ではセキュリティ面や、チケットの譲渡などについてどのような対応をされていますか?
飯塚氏:「tixeebox」はSMS認証を採用しておりますので、各々のユーザーが持っているスマホの電話番号とチケット情報を紐づけています。これにより、最終的に誰がチケットを持っているのか電話番号によって把握できますし、(正規の購入者でないユーザーの)チケットの保持、あるいは譲渡に制限を掛けることも可能です。ただし、これは紙チケットで行われている「購入者が2枚のチケットのうち1枚を知人に渡す」運用を制限する目的ではないです 。
紙チケットで「購入者が2枚のチケットのうち1枚を知人に渡す」と、主催者側やプレイガイドは、「もう1枚のチケットを誰が持っているのか」という情報は把握できません。しかし電子チケットであれば、チケット1枚ごとにユーザー情報を把握することが可能です。
――現状、電子チケットの導入に対して積極的な主催者は多いと感じられますか?
飯塚氏:「転売防止」に力を入れているアーティストからは、積極的に電子チケットを導入していただいています。転売対策としては電子チケットの受け取りや入着券の部分で実績があるということで評価して頂いています。逆に、転売対策にそれほど必要性を感じていないアーティストやコンテンツに関して言えば「まだまだ(普及は)難しいのかな」といった印象を受けています。
極論を言えば、転売を懸念するアーティストやコンテンツは全体の1割~2割程度に過ぎません。それ以外のコンテンツの場合は、例えばチケット購入者限定視聴の動画や、アーティスト本人のコメント、写真購入権といった「電子チケットならではの付加価値」を提供できる点を、メリットとして評価して頂いております。
電子チケットがこれまで普及していなかったのはなぜ?
――電子チケットは昨今、飛行機の搭乗券やクーポンなどさまざまな分野で普及していますが、コンサートや演劇などの興行ではまだ本格的な普及はしていない印象を受けます。その要因はなんでしょう?
中村氏:飛行場などは「常設」である一方、コンサートや演劇などの興行は案件ごとに異なる会場を使いますので、インフラを常設することが難しいです。例えば入場時にQRコードをかざすような場合、ゲートにスキャナー端末を設置する必要がありますし、紙チケットで入場する人とQRコードで入場する人の2つの入り口を設けなければならず、2倍の人員的コストが掛かります。
さらに、QRコードを読み取って承認するにはネット環境が必要ですし、読み込みエラーなどで長蛇の列ができ、開演が遅れたケースもありました。興行での電子チケットが普及しにくいのは、そうした理由があるのではないでしょうか。
――なるほど。会場のほうがスキャナー端末を用意するのが難しく、メリットも明確でなかったというわけですね。
飯塚氏:「紙のチケットでも特に不便ではない」という点も、ひとつの理由だと思います。最近こそ転売対策に力を入れる向きがありますが、基本的には今まで紙チケットに対する不満などは特にあがっていませんでした。
――「tixeebox」のインターフェースや機能で何か工夫されている部分がありますか?
飯塚氏:「tixeebox」の前身である「tixee」では、かつてQRコードも採用していましたが、現在はスマホ向けアプリ上で「チケット感」を再現したものになっています。会場のスタッフの方も「紙のチケットをもぎる」動作と同じように、画面上で電子チケットを「もぎる」ような操作で入着券管理ができる仕組みになっています。
中村氏:「紙チケットをスマホの中に入れちゃいました」というソリューションですね。
飯塚氏:ユーザーが使いやすいように日々改善していく部分ではあるのですが、主催者や現場スタッフの方々にも従来のオペレーションと同様の形で導入していただけることがポイントとなっています。
中村氏:これにより、紙チケットを持つ人と同じ入場レーンで、特別な端末などを使わなくても「チケットもぎり」が可能となっています。
中村氏:元々紙チケットで大きな問題もなく回っていた文化でしたし、利用者も紙のチケットなら物理的に「所有している」という実感が湧いてきます。そんな絶大な信頼性を持っている紙チケットを、どのように電子チケットに置き換えていくのかがこれからの課題です。
後編では、チケットの高額転売問題に際しての所感や、電子チケット提供にまつわる「課題」について話を聞いていく。