交通事故による肢体麻痺者の脳に、ロボットアームを通して、触覚を直接送り込むことに成功したという研究成果が発表された。米国防高等研究計画局(DARPA)の「革新的義肢プログラム」の一環として、ピッツバーグ大学と同大学病院のチームが研究を行った。学術誌「Science Translational Medicine」に論文が掲載され、ホワイトハウスでの技術革新イベントではオバマ大統領に向けたデモンストレーションも行われた。
DARPAの同プログラムではすでに、神経インタフェースシステムに接続されたロボットアームを人間の意識によって動かすことに成功している。これは脳からロボットアームに向けて動きの信号を送る技術だが、今回の研究はロボットアームの側から感覚信号を脳に送るというもの。これにより脳と外部機械との間での双方向通信が確立されたことになる。
被験者として研究に参加したネイサン・コープランド氏は、2004年の交通事故によって脊髄を損傷し、肢体麻痺の状態となった。研究チームは外科手術によってコープランド氏の脳にシャツのボタンサイズのマイクロ電極アレイ4個を設置。4個の電極のうち、2個は脳の運動皮質に、他の2個は感覚皮質のうち指と手のひらの感覚に対応した領域に埋め込んだ。そして、これらの電極とロボットアームを有線接続した。
ロボットアームはジョン・ホプキンス大学応用物理研究所(APL)が開発した。ロボットは指先で受けた圧力をトルクセンサで検知し、その物理的感覚を電気信号に変換。電線を通してその信号を被験者の脳内電極に送ることで、感覚神経に精密な刺激パターンを与えることができる。
実験では、コープランド氏に目隠しをした状態で、研究者がロボットアームの指先にそっと触れた。その結果、コープランド氏はほぼ100%の精度で、ロボットアームの指先に接触があったかどうかを言い当てることができた。また、指1本を圧す代わりに、コープランド氏には内緒で2本同時に圧す実験を行ったところ、同氏は「誰かがいたずらしようとしている」と告げたという。研究チームはこれらの結果から、ロボットを通じて受け取る感覚がかなり自然に近いものであると考えている。
論文によると、接触の感覚は低レベルの信号振幅によって呼び起こすことができ、その効果は数ヶ月間にわたって安定に持続した。また、刺激信号の振幅を変調することによって、受容される刺激の強度を分けることもできる。これは、物を取り扱うときの器用な手の動きに必要となる接触位置や圧力などの情報を伝達するために、皮質内に埋め込んだ微小電極の刺激を利用できることを示唆している。
DARPAの「革新的義肢プログラム」では、義肢利用者に対して自然に近い運動制御と感覚受容を可能にするという目標に向けて、刺激パターンの精緻化や、圧力以外の感覚の取り込みといった研究への助成を続けていくとしている。