北海道大学(北大)は10月3日、ゴキブリの記憶中枢に存在する4つの抑制性ニューロンを完全同定することに成功したと発表した。
同成果は、北海道大学生命科学院の博士課程 高橋直美氏、同大学電子科学研究所 西野浩史助教、同大学理学研究院 水波誠教授、福岡大学理学部 渡邉英博助教らの研究グループによるもので、9月27日付の米国科学誌「Journal of Comparative Neurology」に掲載された。
GABAを伝達物質としてもつ抑制性神経は、たくさんの感覚情報を処理したり、いろいろなことを考えすぎて煮詰まったりした脳の興奮状態を"冷ます(沈静化する)"働きをする。一方、記憶中枢のモデルとして近年脚光を浴びている昆虫のキノコ体は、その名のとおり、柄の部分が途中で二又に分かれたキノコのような形状をもち、17万個もの小さなニューロンからできている。
同研究グループはこれまでに、キノコ体全域を覆う4つの巨大なニューロンがGABAをもつ抑制性ニューロンであることを発見していたが、個々の神経と機能については明らかになっていなかった。
今回、同研究グループは、ゴキブリのキノコ体を覆う4つのニューロンの枝が空間的にわずかに離れる領域に先端径1µm以下のガラス管微小電極を刺入し、個々のニューロンから活動を直接記録したのち、蛍光色素を電気泳動的に細胞内注入することで形態の観察を行った。
この結果、4つの抑制性ニューロンは脳の半分を覆いつくすほど巨大なものであり、またキノコ体が情報を受け取る領域(傘部)は、哺乳動物の嗅球に相当する触角葉に由来する2つの異なる嗅覚経路からの入力を受ける辺縁部と基部からなることがわかった。また、1個のスパイキングニューロンが傘の基部を支配し、1個のノンスパイキングニューロンと2個のスパイキングニューロンの計3つのニューロンが辺縁部を支配することが明らかになった。
つまり、傘の基部よりも辺縁部のほうが複数のニューロンによるきめ細かい制御を受けることになる。4つのニューロンはいずれもさまざまな種類の匂い刺激や触角葉への接触などに対して興奮性の応答を示しており、入力部位(樹状突起)の位置の解析から、これらのニューロンがキノコ体の出力神経から情報を受け取り、これを再び傘部に戻すことでキノコ体の活動をフィードバック制御することが強く示唆された。
昆虫の中でもとりわけ原始的なゴキブリの記憶中枢に洗練された抑制性ニューロンが存在することは、高次情報処理には小さくて多数のニューロンと、これらを一斉に抑制する大きくて少数のニューロン、というシステム構成が不可欠であることを示している。
同研究グループは今後、感覚情報識別、学習、睡眠などさまざまな生理機能における抑制性ニューロンの具体的な役割が明らかになることが期待されるとしている。